福島とリビア
「リビア空爆と原発事故の関係をどう理解したら良いのか?」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
JMMからの転載です。
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■ 『from 911/USAレポート』 第504回
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「リビア空爆と原発事故の関係をどう理解したら良いのか?」
3月19日米国東部時間午後にフランス、英国、米国の三カ国は、リビアのカダフ
ィ政権に対して、戦闘機とトマホークなどの巡航ミサイル約110発による空爆を開
始しました。日本は、去る3月11日に発生した東日本大震災と東電福島第一発電所
の事故という危機がまだまだ続いていますが、今回の空爆に関しては世界の政治経済
にとって大きな問題ですので、この時点で要点を整理しておくことにします。
今回の空爆ですが、次のような経緯を取りました。まず2月中旬からのリビア反政
府運動の高揚ということがあり、国軍や外交官を含む多くの人間がカダフィ政権に離
反したのに続いて、東部の油田地帯であり第二の首都と言って良いベンガジを反政府
側が制圧、程なくして首都トリポリ以外の国土のほとんどを制圧しました。ですが、
カダフィ政権側はこれに全く屈することなく、残った兵力を使用して反攻に出ていま
す。
具体的にカダフィは2月22日以降、航空兵力を利用した反政府側市街地への空爆、
油田設備への空爆を開始しつつ、一般市民と石油産業を人質に取る構えを見せ、同時
に陸上兵力を使ってジワジワと勢力の反転を図っています。反政府勢力は、リーダー
の不在、装備の劣勢ということもあって、これに対抗できていないのです。
これに対して、オバマ政権はリビア全域に「NFZ(ノー・フライ・ゾーン=飛行
禁止区域)」の設定を検討しました。ですが、これは当初は二つのグループから反対
を受けました。一つは中ロの2カ国です。米国の覇権につながる問題には、とりあえ
ずブレーキをかけるというのがこの2カ国の「デフォルト」姿勢であるわけで、それ
以上でも以下でもないと思いますが、拒否権を持つ2カ国の反対で国連安保理の決議
は難航しました。
もう一つは、他でもない国内のそれも軍部の反対です。反対の理由は、巨額の財政
赤字を抱えるアメリカとしては「軍事費を聖域化せず」という大規模な歳出カットを
行っており、それを前提とすると「今リビアとの戦争は不可能」という姿勢です。ゲ
イツ国防長官はそうした前提に基づいてNFZの設定にも消極的でした。
では、どうして今回はそうした抵抗があるにも関わらず、空爆という事態に至った
のでしょうか、その背景には日本の東日本大震災と福島第一の事故があると思います。
といっても、日本の責任で戦争が始まったのではありません。基本的には次のような
四つの要素があると思います。
まず日本の原発事故を契機とした反原発の世論の高揚により、世界的なエネルギー
問題の総見直しが始まっているのは事実ですが、その渦中においても尚、カダフィ政
権は「反政府派の徹底弾圧」を叫び、「大油田ベンガジの空爆も辞さない」という姿
勢を改めるどころか、攻勢を強めているという問題があります。
これを受けて、3月17日の国連安保理ではリビアへの「NFZ」設定が中ロを含
む10カ国の全会一致で採択されています。これはエネルギー危機の中で油田を人質
に、というカダフィの姿勢を見て、万が一実際に油田爆撃があった場合に、このまま
では原油価格の急騰は避けられないという危機感の現れだと思います。ロシアは石油
輸出国で実は原油高騰にはメリットもあるのですが、大統領選を控えた中で「国際社
会への道義的な貢献」を見せる必要があったと見るべきでしょう。スーザン・ライス
米国連大使の根回しも相当なものだったようです。
問題はこの「NFZ」です。どうして2月の時点ではペンタゴンは消極的だったの
かというと、「リビア上空は飛行禁止」という宣言は「制空権」を取らないと「全く
の空疎な文言」になってしまうからです。そして制空権を取るというのは、相手の航
空兵力を打倒するか、あるいはジッと構えておいて「違反したら即撃墜」とすること
になるわけで、即戦争を意味するからです。
では、どうやってこの「NFZ実施イコール即戦争」という抵抗感を乗り越えたの
かというと、三つ目の要素になりますが、米国が正面に立つのではなくフランス、英
国、そして有志連合としてアメリカという形で、米国が全面的に責任とコストを負う
のでは「ない」スキームができたからです。フランスのサルコジ大統領は、来年20
12年に二期目の選挙を控えています。ここで国際社会における存在感を見せるとい
うことは政治的に十分なメリットがあるわけです。
オバマとしても、議会や共和党から「財政再建はどうした?」と言われてもフラン
スが先頭に立ったのを黙って見過ごすわけにはいかないわけで、国民に理解を訴える
演説を行って有志連合に加わっています。その方法ですが、「宣言して様子をみる」
曖昧な姿勢、あるいは「航空兵力を打倒する」といった乱暴な手法ではなく、「カダ
フィ側のレーダー施設やミサイル施設、滑走路など航空インフラの破壊」という教科
書通りの手法が取られました。
フランスを先頭に立たせた背景には、もう一つ「アメリカがアラブでの戦闘の先頭
に立たない」方が得策という計算があります。アラブで何かに関与すれば、アルカイ
ダ的なグループが怒ってテロ活動を活発化するのが怖いということ、あるいはその危
険を増大させたとして国内保守派から攻撃されることなど、政治的な理由が大きいと
思います。英国のキャメロン政権も、ブレア政権の「ブッシュの戦争」へのコミット
に反対する世論に乗った政権ですから、アメリカ主導よりフランス主導のほうが同調
しやすいということもあります。
ちなみに、この件ではヒラリー・クリント国務長官が相当に周到な工作をしたよう
です。攻撃開始時点で彼女はまだパリにいました。そして実際の攻撃も、戦闘機は仏
軍と英軍のみ、米国は英国と一緒に艦船から発射の巡航ミサイル攻撃を担当するとい
う布陣をとっています。水面下で周到な準備がされていたのだと思いますが、恐らく
は相当な効果があったのではないかと思われます。以降は、陸上戦闘に移行するので
はなく、この空爆の効果を見極めつつ、カダフィ政権の自壊を待つことになるのでは
と思います。
というわけで、現時点では「国民と石油を人質に取った凶悪犯の武器だけを破壊に
成功」という理解が基本だと思います。当面はボールはカダフィの方に投げられた形
です。ですから、震災の復興にあたり、東日本に展開している米軍に対して「新たに
戦争を始めた血塗られた軍隊」というイメージを持つことも、震災で人命の尊さが改
めて問題になっている一方で、壮大な人殺しが始まったという印象を持つことは、現
時点では必要のないことだと思います。
では、善玉の仏英米軍がこのまま悪漢カダフィを追い詰めるのを安心して見ていて
良いのでしょうか? そう簡単ではありません。一つは、カダフィは本当に何でもや
る危険があるということです。つまり仏英米軍に「地上戦闘の覚悟なし」と見透かし
て、地上で残虐なことをやるという危険です。その場合については、全く予断を許し
ません。一方で、カダフィ側では国連決議を受け入れて停戦に応じようとした矢先の
攻撃だと主張、舌戦の方も複雑化しています。
もう一つは、「民衆革命」の問題はリビアだけではないという点です。現時点で親
米政権のバーレーンとイエメンが「流血の弾圧」を続けており、リビアとは別の展開
となっています。別というのは、特にイエメンの場合は政権側が「親米・反アルカイ
ダ」であることが批判の理由であり、アメリカとして革命側を100%支持できない
こと、バーレーンも万が一湾岸ドミノなどが発生してサウジが動揺すると大変なこと
になるからです。
ですからオバマとしてはエジプトやリビアの「善なる民衆革命」を支持しつつ、後
は沈静化をというやや虫のいいことを考えているわけで予断を許しません。一方で、
ここのところ人気凋落の甚だしいペイリンは、イスラエルを訪問してネタニヤフ首相
と会談して、米国とイスラエルの結束をアピール、暗に「オバマの民衆革命支持は米
国益に反する」というメッセージを出しているのです。
そのような複雑な連立方程式の中での今回の空爆ですが、大きな背景はやはり「福
島原発の事故によるエネルギー論争の中で油田爆撃を匂わせたカダフィ」を国際社会
が許さなかったということだと思います。その点では、日本の情勢は世界情勢と密接
に関連していることは否定できません。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
JMMからの転載です。
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■ 『from 911/USAレポート』 第504回
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「リビア空爆と原発事故の関係をどう理解したら良いのか?」
3月19日米国東部時間午後にフランス、英国、米国の三カ国は、リビアのカダフ
ィ政権に対して、戦闘機とトマホークなどの巡航ミサイル約110発による空爆を開
始しました。日本は、去る3月11日に発生した東日本大震災と東電福島第一発電所
の事故という危機がまだまだ続いていますが、今回の空爆に関しては世界の政治経済
にとって大きな問題ですので、この時点で要点を整理しておくことにします。
今回の空爆ですが、次のような経緯を取りました。まず2月中旬からのリビア反政
府運動の高揚ということがあり、国軍や外交官を含む多くの人間がカダフィ政権に離
反したのに続いて、東部の油田地帯であり第二の首都と言って良いベンガジを反政府
側が制圧、程なくして首都トリポリ以外の国土のほとんどを制圧しました。ですが、
カダフィ政権側はこれに全く屈することなく、残った兵力を使用して反攻に出ていま
す。
具体的にカダフィは2月22日以降、航空兵力を利用した反政府側市街地への空爆、
油田設備への空爆を開始しつつ、一般市民と石油産業を人質に取る構えを見せ、同時
に陸上兵力を使ってジワジワと勢力の反転を図っています。反政府勢力は、リーダー
の不在、装備の劣勢ということもあって、これに対抗できていないのです。
これに対して、オバマ政権はリビア全域に「NFZ(ノー・フライ・ゾーン=飛行
禁止区域)」の設定を検討しました。ですが、これは当初は二つのグループから反対
を受けました。一つは中ロの2カ国です。米国の覇権につながる問題には、とりあえ
ずブレーキをかけるというのがこの2カ国の「デフォルト」姿勢であるわけで、それ
以上でも以下でもないと思いますが、拒否権を持つ2カ国の反対で国連安保理の決議
は難航しました。
もう一つは、他でもない国内のそれも軍部の反対です。反対の理由は、巨額の財政
赤字を抱えるアメリカとしては「軍事費を聖域化せず」という大規模な歳出カットを
行っており、それを前提とすると「今リビアとの戦争は不可能」という姿勢です。ゲ
イツ国防長官はそうした前提に基づいてNFZの設定にも消極的でした。
では、どうして今回はそうした抵抗があるにも関わらず、空爆という事態に至った
のでしょうか、その背景には日本の東日本大震災と福島第一の事故があると思います。
といっても、日本の責任で戦争が始まったのではありません。基本的には次のような
四つの要素があると思います。
まず日本の原発事故を契機とした反原発の世論の高揚により、世界的なエネルギー
問題の総見直しが始まっているのは事実ですが、その渦中においても尚、カダフィ政
権は「反政府派の徹底弾圧」を叫び、「大油田ベンガジの空爆も辞さない」という姿
勢を改めるどころか、攻勢を強めているという問題があります。
これを受けて、3月17日の国連安保理ではリビアへの「NFZ」設定が中ロを含
む10カ国の全会一致で採択されています。これはエネルギー危機の中で油田を人質
に、というカダフィの姿勢を見て、万が一実際に油田爆撃があった場合に、このまま
では原油価格の急騰は避けられないという危機感の現れだと思います。ロシアは石油
輸出国で実は原油高騰にはメリットもあるのですが、大統領選を控えた中で「国際社
会への道義的な貢献」を見せる必要があったと見るべきでしょう。スーザン・ライス
米国連大使の根回しも相当なものだったようです。
問題はこの「NFZ」です。どうして2月の時点ではペンタゴンは消極的だったの
かというと、「リビア上空は飛行禁止」という宣言は「制空権」を取らないと「全く
の空疎な文言」になってしまうからです。そして制空権を取るというのは、相手の航
空兵力を打倒するか、あるいはジッと構えておいて「違反したら即撃墜」とすること
になるわけで、即戦争を意味するからです。
では、どうやってこの「NFZ実施イコール即戦争」という抵抗感を乗り越えたの
かというと、三つ目の要素になりますが、米国が正面に立つのではなくフランス、英
国、そして有志連合としてアメリカという形で、米国が全面的に責任とコストを負う
のでは「ない」スキームができたからです。フランスのサルコジ大統領は、来年20
12年に二期目の選挙を控えています。ここで国際社会における存在感を見せるとい
うことは政治的に十分なメリットがあるわけです。
オバマとしても、議会や共和党から「財政再建はどうした?」と言われてもフラン
スが先頭に立ったのを黙って見過ごすわけにはいかないわけで、国民に理解を訴える
演説を行って有志連合に加わっています。その方法ですが、「宣言して様子をみる」
曖昧な姿勢、あるいは「航空兵力を打倒する」といった乱暴な手法ではなく、「カダ
フィ側のレーダー施設やミサイル施設、滑走路など航空インフラの破壊」という教科
書通りの手法が取られました。
フランスを先頭に立たせた背景には、もう一つ「アメリカがアラブでの戦闘の先頭
に立たない」方が得策という計算があります。アラブで何かに関与すれば、アルカイ
ダ的なグループが怒ってテロ活動を活発化するのが怖いということ、あるいはその危
険を増大させたとして国内保守派から攻撃されることなど、政治的な理由が大きいと
思います。英国のキャメロン政権も、ブレア政権の「ブッシュの戦争」へのコミット
に反対する世論に乗った政権ですから、アメリカ主導よりフランス主導のほうが同調
しやすいということもあります。
ちなみに、この件ではヒラリー・クリント国務長官が相当に周到な工作をしたよう
です。攻撃開始時点で彼女はまだパリにいました。そして実際の攻撃も、戦闘機は仏
軍と英軍のみ、米国は英国と一緒に艦船から発射の巡航ミサイル攻撃を担当するとい
う布陣をとっています。水面下で周到な準備がされていたのだと思いますが、恐らく
は相当な効果があったのではないかと思われます。以降は、陸上戦闘に移行するので
はなく、この空爆の効果を見極めつつ、カダフィ政権の自壊を待つことになるのでは
と思います。
というわけで、現時点では「国民と石油を人質に取った凶悪犯の武器だけを破壊に
成功」という理解が基本だと思います。当面はボールはカダフィの方に投げられた形
です。ですから、震災の復興にあたり、東日本に展開している米軍に対して「新たに
戦争を始めた血塗られた軍隊」というイメージを持つことも、震災で人命の尊さが改
めて問題になっている一方で、壮大な人殺しが始まったという印象を持つことは、現
時点では必要のないことだと思います。
では、善玉の仏英米軍がこのまま悪漢カダフィを追い詰めるのを安心して見ていて
良いのでしょうか? そう簡単ではありません。一つは、カダフィは本当に何でもや
る危険があるということです。つまり仏英米軍に「地上戦闘の覚悟なし」と見透かし
て、地上で残虐なことをやるという危険です。その場合については、全く予断を許し
ません。一方で、カダフィ側では国連決議を受け入れて停戦に応じようとした矢先の
攻撃だと主張、舌戦の方も複雑化しています。
もう一つは、「民衆革命」の問題はリビアだけではないという点です。現時点で親
米政権のバーレーンとイエメンが「流血の弾圧」を続けており、リビアとは別の展開
となっています。別というのは、特にイエメンの場合は政権側が「親米・反アルカイ
ダ」であることが批判の理由であり、アメリカとして革命側を100%支持できない
こと、バーレーンも万が一湾岸ドミノなどが発生してサウジが動揺すると大変なこと
になるからです。
ですからオバマとしてはエジプトやリビアの「善なる民衆革命」を支持しつつ、後
は沈静化をというやや虫のいいことを考えているわけで予断を許しません。一方で、
ここのところ人気凋落の甚だしいペイリンは、イスラエルを訪問してネタニヤフ首相
と会談して、米国とイスラエルの結束をアピール、暗に「オバマの民衆革命支持は米
国益に反する」というメッセージを出しているのです。
そのような複雑な連立方程式の中での今回の空爆ですが、大きな背景はやはり「福
島原発の事故によるエネルギー論争の中で油田爆撃を匂わせたカダフィ」を国際社会
が許さなかったということだと思います。その点では、日本の情勢は世界情勢と密接
に関連していることは否定できません。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22
ラベル: 国際情勢
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