2011年4月29日金曜日

武田先生のご意見です

超・ねじれ思考  児童の被ばくは多い方が良い??

郡山市は市長の決断で、市内の小学校の校庭の表土を除き、子供達がすこしでも被ばくしないようにと努力した。



その結果、表土を除く前には1時間あたり3ミリシーベルトもあったのに、それが0.6ミリシーベルトに減った.



子供達にとっては素晴らしいことだ.



これが小学校ばかりではなく福島県の全部に行き渡れば、



「汚れた福島」



から



「綺麗な福島」



への転換ができる。素晴らしいことだ。



・・・・・・・・・



でも、これに対して文科省の大臣が、



「3ミリシーベルトで安全なのだから、余計なことをするな」



と言った。「汚れた福島のままで良い。30年はそのままでよい」という意味になる。



その理由は、「安全なものをさらに安全にしなくても良い」ということだが、超・ねじれ思考であると共に、法律違反である。



もともと文科省は、放射線を出す物質の法律を作り、厳しく管理をしていた。複数の法律があるが、その基本思想と規制値は、



1. 被ばくはできるだけ低い方が良い、



2. 子供の被ばくは大人より危険である、



3. 一般人の1年間の限度は1ミリシーベルトである、



4. 「クリアランス・レベル」(原子力関係の廃棄物を捨てる時の基準)は1年間10ミリシーベルト以下にしなければいけないし、それに反すると1年以下の懲役で犯罪である、



ということである。



今回の地震で臨時措置として、年間20ミリシーベルトとう限度を決めたが、これはあくまでも「望ましくないが臨時」であり、さらに「法律で決まっているのを、文科省の大臣が勝手に変更できない」という制限がある。



・・・・・・・・・



実質的に子供達の安全を守るという点でも、これまでの文科省の指導の思想から言っても、さらには具体的な法律から見ても、郡山市の行動とその結果は、「子供を育てるために存在する、文科省として喜ぶべきもの」であることは明らかだ.



私は福島原発事故以来、政府が自分たちのメンツにこだわって、



「どうにかして、国民や子供をより多く被ばくさせたい」



という行動を取ることに、実に不思議な感じがしていた。



「そんなことはないはずだ」と何回も自分に言い聞かせてきたが、政府が言ったり、行動したりするとすぐ、それは裏切られる.



原発事故では「最初に逃げて、後で戻ってくる」ことによって被曝量を減らすことができるのに、一番、多く放射性物質が出ている時に「安全だ」と言って、放射線が少なくなってから「危ない」と言い出したりしている。



私は小学校の基準として文科省が出した1時間3.8マイクロシーベルトという計算はまったくの間違いと思っているが、もしそれが正しくても、郡山市の小学校の汚染が下がるのは歓迎のはずだ。



すでに政治家やお役人が自分たちだけのことを考えて、国民は税金を納める道具ぐらいしか思っていないことは確かだが、こんなときにもそうか、と思うと情けない.



(注)文科省3.8マイクロの間違い



1. もともと子供は1年間1ミリシーベルトである、



2. 原子力安全委員会も、臨時措置でも子供は10ミリシーベルトが望ましいと言っている、



3. ノーベル医学賞を受賞した外国の学者も、子供の規制値を2から3分の1にすべきだと提言している、



4. 内部被ばくを計算していない(計算根拠を示さず、無視できるとしている)、



5. 校庭にいる時間以外は子供が屋内にいるとしていること、さらには屋内は屋外の2.5分の1だとしていること(現在の福島県の状態を無視している)。



子供をできるだけ多く被ばくさせたいという異常な心理で、子供を被ばくさせるな!



(平成23年4月29日 午前11時 執筆) 武田邦彦

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