ドイツの目
少し前だが紹介しておきます。
西尾正道: (独) 国立病院機構 北海道がんセンター
院長(放射線治療科)
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■from MRIC
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3月11日の大地震により、福島県の東京電力福島原子力発電所で放射性物質の放
出という深刻な事態が発生した。マグニチュード9.0という大地震と津波による悪
夢のような大災害の現実に対して被害者の救出が全力で行われている。
一方、原発事故も大きく報じられているが、国民が放射線被ばくについて不安が強
いという現実に対して上昌広編集長の依頼で、13日14時現在までの情報をもとに
放射線被ばくについての基本的な考え方を報告し、冷静な対応を期待したいと思う。
12日午後1時に原発の敷地境界で1015μSv(マイクロシーベルト)/hの放射線量
が計測されており、放射性物質が放出されたことは確かである。
Sv(線量当量)とは、人体への放射線の影響を考慮して設定された線量を示す単位
である。放射線障害防止法などの法令が定める一般人の年間の被曝線量限度は1000μ
Sv(=1mSv)とされているので、確かに大きな線量である。なお医療従事者や原発従
業員などの職業被ばくの年間線量限度は最大50mSv(100mSv/5年)である。この事態
にたいして、原因や問題点などに関して今回は論じることは控え、健康被害について
のみ論じたいと思う。
なお日本の緊急被ばく医療対策はJCO臨界事故の教訓を踏まえて、かなり整備さ
れている。平成12年6月に「原子力災害対策特別措置法」が施行され、事故時の初
期対応の迅速化、国と都道府県および市町村の連携確保等、防災対策の強化・充実が
図られてきた。今回も早期に避難勧告が出された。
人類は宇宙や大地から、自然放射線を受けており、日本では年間2.4mSvの被ばくを
受け、医療被ばくを加えると日本人一人平均約5mSv(5000μSv)の被ばくを受けてい
る。また東京・ニューヨーク間一往復では宇宙からの放射線が多くなり、0.19mSvの
被ばくを受けると言われており、低線量の放射線被ばくは日常的なものなのである。
しかし放射線は被ばくしないことにこしたことはないので、テクニックとして放射
線防護の3原則がある。(1)距離・(2)時間・(3)遮蔽(しゃへい)がある。
(1)距離は放射性物質からできるだけ離れることであり、これは遠くへ避難すること
である。放射線の量は距離の二乗に逆比例するので、原子力発電所から1kmの地点で
の放射線量を1とすると10kmの地点では1/10x10=1/100 となり、100分の1の被
ばく量となる。20kmの距離に避難すれば、400分の1となる。
(2)時間はそのまま加算されるので、同地点に1時間滞在よりも一日滞在すれば、2
4倍の被ばく量となる。
(3)遮蔽は放射線の種類やエネルギーによっても異なるが、密度の高い建材で造られ
た室内に退避することにより、外部からの放射線をより多く遮蔽することができる。
屋外にいるよりも木造建築の室内にいれば建造物が遮蔽体となりより少ない被ばく線
量となる。さらにコンクリート造りの室内では低減する。
さらに空気中に含まれている放射線物質からの被ばく量の低減のために皮膚を露出
しない服装と帽子の着用、内部被ばくを避けるためにマスクの着用などを心掛けるこ
とである。
また、現場で考えることは放出された放射性物質は風によって運ばれるので、風上
方向への避難が重要であるが、時間的経過で風向きも異なるし、現実的に海の方向へ
逃げることはできないので、とにかく(1)距離と(2)時間の原則を考えて対応するこ
ととなる。
また放射線防護剤(内容はヨード剤)の配布が緊急被ばく医療の対応マニュアルに
記載されているが、現実的にはヨードを多く含む昆布などの食品を食べながら避難す
ることが現実的である。ヨウ素は甲状腺に取り込まれるが、事前にヨウ素を摂取し、
甲状腺のヨウ素量を飽和させることにより、放射性ヨウ素が環境中にあっても、甲状
腺に取り込まれないようにする対応である。
今後の対応として、放射線被ばく者の対応であるが、まず正確な被ばく線量を把握
することである。被ばく線量によって対応が大幅に異なるからである。また衣服の上
から測定器で計測して被ばくしていると判定された人でも衣服に付着した放射性物質
の汚染と人体の被ばく線量は異なるものであり、衣服の汚染と人体の被ばくは区別す
る必要がある。
また放射線の種類やエネルギーによっても人体に与える影響が異なるため、実際に
人体の被ばく線量の把握は容易ではないのである。
なお放射線が人体に与える影響は被ばくの時間的・空間的(被ばく範囲)な違いも
考慮することも重要である。(1)急性被ばくか、慢性被ばくか、(2)全身被ばくか、
局所被ばくか により人体への影響は異なる。(1)の時間的な問題としては、例えば
日本酒1升を一晩で飲むのと、毎日晩酌で少量づつ1カ月間で飲むのとでは人体への
影響は異なる。放射線の影響も同ようなものと考えられる。(2)の問題としては、厳
密には全身被ばくの場合と同一ではないが、胸部単純写真の撮影では0.06mSv(60μS
v)、胃のバリウム検査では0.6mSv(600μSv)、胸部CT検査では6mSv(6000μSv)
の局所被ばくを受ける。今回の被ばくは急性の全身被ばくであるが、極めて低線量で
あると考えられることから問題となることはない。
全身の急性被ばく時の人体への影響は、250mSv(250,000μSv)以下では臨床的な
症状は出現せず、影響はない。また500mSvで白血球の一時的な現象が見られ、1000m
Sv以上で吐き気や全身倦怠感が見られると言われている。こうした医学的な見地から
見れば、今回の被ばく者の健康被害は深刻なものではない。
避難住民に対し放射線被ばくによる健康影響について説明を行ない冷静に対応し、
また汚染の程度に応じて、適切な除染処置や予測被ばく線量を把握して必要ならば医
療機関への搬送が望まれる。
本日、国立病院機構本部から要請により、緊急被ばく医療の助っ人として当院から
も放射線治療科の医師を派遣する予定となった。最後にこうした事態に対して分析・
指揮・対応指示などを行うオフサイドセンターがどこなのかが報道されておらず、情
報開示の不手際が気になるところである。
最後に原発事故への対応に全力をあげて働いている原発施設の従業員をはじめとす
る方々の健康被害が極めて深刻なものとなる可能性があるが、致命的でない被ばく量
であることを祈るばかりである。
西尾正道: (独) 国立病院機構 北海道がんセンター
院長(放射線治療科)
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3月11日の大地震により、福島県の東京電力福島原子力発電所で放射性物質の放
出という深刻な事態が発生した。マグニチュード9.0という大地震と津波による悪
夢のような大災害の現実に対して被害者の救出が全力で行われている。
一方、原発事故も大きく報じられているが、国民が放射線被ばくについて不安が強
いという現実に対して上昌広編集長の依頼で、13日14時現在までの情報をもとに
放射線被ばくについての基本的な考え方を報告し、冷静な対応を期待したいと思う。
12日午後1時に原発の敷地境界で1015μSv(マイクロシーベルト)/hの放射線量
が計測されており、放射性物質が放出されたことは確かである。
Sv(線量当量)とは、人体への放射線の影響を考慮して設定された線量を示す単位
である。放射線障害防止法などの法令が定める一般人の年間の被曝線量限度は1000μ
Sv(=1mSv)とされているので、確かに大きな線量である。なお医療従事者や原発従
業員などの職業被ばくの年間線量限度は最大50mSv(100mSv/5年)である。この事態
にたいして、原因や問題点などに関して今回は論じることは控え、健康被害について
のみ論じたいと思う。
なお日本の緊急被ばく医療対策はJCO臨界事故の教訓を踏まえて、かなり整備さ
れている。平成12年6月に「原子力災害対策特別措置法」が施行され、事故時の初
期対応の迅速化、国と都道府県および市町村の連携確保等、防災対策の強化・充実が
図られてきた。今回も早期に避難勧告が出された。
人類は宇宙や大地から、自然放射線を受けており、日本では年間2.4mSvの被ばくを
受け、医療被ばくを加えると日本人一人平均約5mSv(5000μSv)の被ばくを受けてい
る。また東京・ニューヨーク間一往復では宇宙からの放射線が多くなり、0.19mSvの
被ばくを受けると言われており、低線量の放射線被ばくは日常的なものなのである。
しかし放射線は被ばくしないことにこしたことはないので、テクニックとして放射
線防護の3原則がある。(1)距離・(2)時間・(3)遮蔽(しゃへい)がある。
(1)距離は放射性物質からできるだけ離れることであり、これは遠くへ避難すること
である。放射線の量は距離の二乗に逆比例するので、原子力発電所から1kmの地点で
の放射線量を1とすると10kmの地点では1/10x10=1/100 となり、100分の1の被
ばく量となる。20kmの距離に避難すれば、400分の1となる。
(2)時間はそのまま加算されるので、同地点に1時間滞在よりも一日滞在すれば、2
4倍の被ばく量となる。
(3)遮蔽は放射線の種類やエネルギーによっても異なるが、密度の高い建材で造られ
た室内に退避することにより、外部からの放射線をより多く遮蔽することができる。
屋外にいるよりも木造建築の室内にいれば建造物が遮蔽体となりより少ない被ばく線
量となる。さらにコンクリート造りの室内では低減する。
さらに空気中に含まれている放射線物質からの被ばく量の低減のために皮膚を露出
しない服装と帽子の着用、内部被ばくを避けるためにマスクの着用などを心掛けるこ
とである。
また、現場で考えることは放出された放射性物質は風によって運ばれるので、風上
方向への避難が重要であるが、時間的経過で風向きも異なるし、現実的に海の方向へ
逃げることはできないので、とにかく(1)距離と(2)時間の原則を考えて対応するこ
ととなる。
また放射線防護剤(内容はヨード剤)の配布が緊急被ばく医療の対応マニュアルに
記載されているが、現実的にはヨードを多く含む昆布などの食品を食べながら避難す
ることが現実的である。ヨウ素は甲状腺に取り込まれるが、事前にヨウ素を摂取し、
甲状腺のヨウ素量を飽和させることにより、放射性ヨウ素が環境中にあっても、甲状
腺に取り込まれないようにする対応である。
今後の対応として、放射線被ばく者の対応であるが、まず正確な被ばく線量を把握
することである。被ばく線量によって対応が大幅に異なるからである。また衣服の上
から測定器で計測して被ばくしていると判定された人でも衣服に付着した放射性物質
の汚染と人体の被ばく線量は異なるものであり、衣服の汚染と人体の被ばくは区別す
る必要がある。
また放射線の種類やエネルギーによっても人体に与える影響が異なるため、実際に
人体の被ばく線量の把握は容易ではないのである。
なお放射線が人体に与える影響は被ばくの時間的・空間的(被ばく範囲)な違いも
考慮することも重要である。(1)急性被ばくか、慢性被ばくか、(2)全身被ばくか、
局所被ばくか により人体への影響は異なる。(1)の時間的な問題としては、例えば
日本酒1升を一晩で飲むのと、毎日晩酌で少量づつ1カ月間で飲むのとでは人体への
影響は異なる。放射線の影響も同ようなものと考えられる。(2)の問題としては、厳
密には全身被ばくの場合と同一ではないが、胸部単純写真の撮影では0.06mSv(60μS
v)、胃のバリウム検査では0.6mSv(600μSv)、胸部CT検査では6mSv(6000μSv)
の局所被ばくを受ける。今回の被ばくは急性の全身被ばくであるが、極めて低線量で
あると考えられることから問題となることはない。
全身の急性被ばく時の人体への影響は、250mSv(250,000μSv)以下では臨床的な
症状は出現せず、影響はない。また500mSvで白血球の一時的な現象が見られ、1000m
Sv以上で吐き気や全身倦怠感が見られると言われている。こうした医学的な見地から
見れば、今回の被ばく者の健康被害は深刻なものではない。
避難住民に対し放射線被ばくによる健康影響について説明を行ない冷静に対応し、
また汚染の程度に応じて、適切な除染処置や予測被ばく線量を把握して必要ならば医
療機関への搬送が望まれる。
本日、国立病院機構本部から要請により、緊急被ばく医療の助っ人として当院から
も放射線治療科の医師を派遣する予定となった。最後にこうした事態に対して分析・
指揮・対応指示などを行うオフサイドセンターがどこなのかが報道されておらず、情
報開示の不手際が気になるところである。
最後に原発事故への対応に全力をあげて働いている原発施設の従業員をはじめとす
る方々の健康被害が極めて深刻なものとなる可能性があるが、致命的でない被ばく量
であることを祈るばかりである。
ラベル: 国際情勢
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