ティーパーティーの恐ろしさ
■ 『from 911/USAレポート』第506回
「「フクシマ・ダイイチ」を見つめるアメリカ、その原発論議の文脈」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第506回
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「「フクシマ・ダイイチ」を見つめるアメリカ、その原発論議の文脈」
アメリカの大学は、地域への情報発信や啓蒙活動を目的として、大きな事件がある
とその大学の教員を中心とした緊急パネルディスカッションを行うことがあります。
今週は、プリンストン大学のウッドロー・ウィルソン国際政治学部が、24日の木曜
日に今回の福島第一原発の事故に関する公開ディスカッションを行っています。報道
によれば、コネチカット州のイエール大学でも同様の討論があったようですし、恐ら
く全米で同種の議論が繰り広げられていると思われます。
プリンストンといえば、戦前に「マンハッタン計画」など核開発の中心地であった
ことや、そのキーパーソンであったアインシュタイン博士が戦後は核兵器廃絶を訴え
るなど、原子力には縁の深い土地です。現在でも、原子力に関する最先端の研究施設
もあります。ですから、私はかなり高レベルの議論を期待して行ったのですが、考え
てみれば主宰したのは国際政治学部であり、どちらかと言えば「文系的」な発想での
討論に終始していたのも事実です。ですが、アメリカがエネルギー戦略、国際戦略の
中で今回の事故をどのように考えているか、その文脈を知る機会としては有益でした。
まず、安全性の論議ですが、アメリカの議論は主として二つに集約されます。一つ
は、原発の老朽化という問題です。この点からはアメリカの視線は主として「1号機」
に注がれています。今回のパネラーの一人である、アレクサンダー・グラサー准教授
(同大の国際政治学部と航空宇宙工学の兼任)も指摘していたのですが「GEマーク
1」と呼ばれる一号機と同型の炉は、現在アメリカでも多く稼動しており、稼働から
40年以上を経過した炉が多く存在しています。
この点に関しては、アメリカ政府の原子力委員会(NRC)は「新型炉への交換に
はカネがかかる」ことを理由とした各運転企業からの「稼働免許の延長」を要請され
ており、一方で「老朽化した炉の稼働延長は危険」という反対派との間で政治問題化
しているのです。これは福島の事故以前に色々な形で問題になっていました。
アメリカがとりわけ「1号機」に関して「格納容器から水が漏れているのでは?」
とか「初動での海水注入が遅かった」とか逆に「海水注入は危険、用意するから今か
らでも真水を」などと色々なことを言ってくる背景には、一見すると日本サイドへの
不信感があるように見えます。ですが、そんなことよりも「老朽化した炉の危険性」
を自分の問題として捉えているという点が大きいと思われます。
もう一つは、「使用済み核燃料」への危機感です。これは主として「4号機」への
大きな関心となって現れているのですが、とにかく使用済みの燃料棒については「崩
壊熱を発するために最低5年は循環ポンプ付きのプールで冷却」するという「ウェッ
ト貯蔵」のプロセスを経るわけです。そこで電源供給がストップして貯蔵プールが沸
騰したとか、燃料棒が露出して放射性物質が出たというのは、アメリカに取って大き
な恐怖感があるのです。
というのは、ごく最近の問題として「ユッカ・マウンテン貯蔵施設計画の挫折」と
いう政治的な事件があったからです。アメリカは(一部軍用研究と最先端研究を除い
て)基本的に使用済み核燃料の再処理は国策にしていません。再処理をすると核兵器
転用の可能なプルトニウムが出ることを世界戦略の上で嫌っていることがその理由で
す。
言い方を変えれば、使用済み核燃料のリサイクル(日本政府の言う「核燃料サイク
ル」)という政策も採用しておらず、そのために使用済み核燃料は「永久貯蔵」が国
策です。しかも十分な(最低5年)期間の「ウェット貯蔵」の後は、プールから上げ
て「金属キャスクという容器に入れ、不活性ガスを充填した頑丈な貯蔵コンテナに密
閉する」という「ドライ貯蔵」をキチンと行うというのが国の方針になっています。
ですが、その国策を実行するためのインフラはできていません。2002年に91
1の同時多発テロの教訓から「使用済み核燃料の盗難」や「貯蔵施設への攻撃」に対
するセキュリティへの危機感が増す中で、ネバダ州の「ユッカ・マウンテン」という
山地の堅い岩盤の中に半永久的な「ドライ貯蔵」施設を作ることになったのです。と
ころが、その後、この場所がラスベガスに近いことなどから、反対運動が激しくなり
最終的に2010年に中止が決定されています。
ちなみに、ユッカ・マウンテン貯蔵施設に関して、反対論の急先鋒に立っていたの
は地元選出のハリー・リード上院院内総務(民主)であり、このプリンストン大学の
パネルディスカッションでも、リードの政治的行動を苦々しく思っている(例えば、
フランク・フォン・リッペル教授)という発言がありました。
では、ユッカ・マウンテンがダメになった現在、使用済み核燃料に関してはどうい
う状況かというと、各原子炉に敷設された「プール」での「ウェット貯蔵」にどんど
ん使用済み燃料棒が溜まっているのです。その一方で、「ドライ貯蔵」を各地で分散
して行う努力もされていますが、ユッカのドタバタ劇の余波で、思うように進んでい
ません。つまり5年を経過した比較的冷えた燃料棒と、直近の燃料交換時に原子炉か
ら取り出したばかりの熱い燃料棒がプールに一緒に入っていて、それが全米の原子炉
で容量の限界に近付いているわけです。
仮にそのプールの循環冷却装置が止まったら・・・福島第一の「4号機」はその恐
怖をまざまざと見せつけました。そのために、アメリカは動揺しているのです。簡単
なはずの「使用済み燃料貯蔵」で問題を出したからと、日本や東電を批判する視線で
は全くありません。「今ここにある危険」としてアメリカは認識しつつあるのです。
アメリカの原子力戦略において、安全性と同時に重要視されているのは安全保障で
す。前述のとおり核燃料の再処理に消極的なのは核拡散の危険性を重視してのことで
すが、ではこの問題からの「福島への視線」はというと、こちらも複雑です。この問
題に関しては、「3号機」が注目されています。というのは、現時点で安定させるこ
とのできていない炉の中で、「3号機」だけが日本の「プルサーマル計画」(変な和
製英語ですので今回の事故を機会に使用を止めたほうがいい言葉です)に従って、使
用済み核燃料から抽出したプルトニウムとウランを混合した「MOX燃料」を使用し
ているからです。
アメリカは核燃料の「リサイクル」に消極的で、例えばフランスや英国、そして日
本が積極的であることにも「苦々しい」印象を持っていたようです。ですが、ほぼス
トップさせていた再処理について、再処理の本来の目的である高速増殖炉技術につい
て、国際的なグループに加盟したり少しずつ研究を再開し始めてもいるのです。今回
のパネルディスカッションでも、後半の質疑応答の中で、危険性論議が中心の一般市
民とは異なり、国際政治の学生たちからは「対中国戦略」からの質問が何点か出てい
ました。
というのは、様々な問題に直面してきた英仏日を尻目に、中国は使用済み核燃料の
再処理技術の推進をどんどん進めており、その先には高速増殖炉の実用化まで視野に
入れているからです。今年の1月に自主技術での再処理成功を大々的に報道している
ぐらいです。このことは同時に、核弾頭に転用可能なプルトニウムが無限に生産され
ることを意味します。この問題と、中国の「CSS5(東風21号)」と呼ばれる準
中距離戦術核ミサイルの問題がリンクしてくると、アメリカとしては総合的な抑止力
をどうするかという危機意識になっていくわけです。
今回の福島第一の事故を受けて、中国も新規建設中の原発の工事を停止しています。
ですが、このプリンストンのディスカッションにおいても、「中国は真っ先に工事を
再開してくるだろう」という学生の指摘に対して、パネラーの教授陣の見方も「恐ら
くそうだろう」ということで一致していました。
実は、共和党のいわゆる「ティーパーティー」と呼ばれるグループなど、強硬な保
守派の中には、こうした文脈から「再処理を積極推進して、十分な核弾頭供給力を持
ちつつ、高速増殖炉においても実用化で世界をリードしてエネルギー問題を解決すべ
き」という声もあるのです。例えば、2010年の中間選挙に際してネバダ州の上院
議員選挙で、リード院内総務に肉薄したシャロン・アングル候補は、自分の選挙区に
ある「ユッカ・マウンテン貯蔵施設計画」を拡大して、最先端の再処理工場を誘致し
ようという主張をしていました。
勿論、ネバダの世論は特にこの点に関しては支持せず、アングル候補の敗因の一つ
ともされているのですが、ティーパーティーの強硬派にこうした見方があるというの
は注目しなくてなりません。元来アメリカの草の根保守は「温暖化理論はウソだから
化石燃料をどんどん掘れ」という主張と並行して、別個の問題として「アメリカは強
くなくてはいけないから核廃絶には反対」というバラバラの主張を繰り広げていまし
た。サラ・ペイリンなどがいい例です。
ですが、アングルの主張していた再処理、高速増殖炉、核武装の三点で中国に対抗
すべきという動きは、もしかしたら共和党右派の中で一つの流れになるかもしれませ
ん。そこには宗教的な問題もあります。原子力の利用反対派には、「人間は神ではな
いのだから、危険な原子力の利用は自制すべき」という感情があるわけですが、アメ
リカの宗教保守派には「大自然の中で人間は小さな存在だが、同時に神に選ばれた存
在だから生存のためには何をやってもいい」という発想法があるのです。彼等は「最
先端の技術、しかも軍事とエネルギーの分野で中国に負けない」ためには、何でもや
ろうとするでしょう。
ここで浮かび上がるのは、オバマの原子力政策というのは実務的にも理念的にも実
に中道的なものだということです。炉の老朽化に対しては「受動安全性(緊急時には
自律的に冷温停止が可能)を備えた新型炉」への置き換えと、積極的な輸出を「日本
をパートナーとして」国策として推進、使用済み核燃料に関しては「ドライ貯蔵」を
推進、その一方で再処理や高速増殖炉は研究のみとして、更に世界的には核軍縮の理
念と監視体制を広めて核戦争や核テロの危険を下げる、こうした一連の政策はそれ自
体が一貫性があるわけです。
更にその政策が温暖化と排出ガスの理論にも整合性があるわけですし、アメリカの
輸出立国、日米のパートナーシップにもリンクしてくるわけです。今回の福島第一の
事故を契機として、その「オバマ流の中道現実策」が一気に危機に直面することにな
りました。勿論左からは、まず老朽化した炉が怖い、ウェット貯蔵の停電が怖い、ド
ライ貯蔵の施設もイヤ、という恐怖心からの問題提起がどんどん行われ、それが原発
不要論として増幅しつつ、具体的には「自分の州には新型炉も貯蔵施設もお断り」と
いう政治的圧力が更に強まることになるでしょう。
一方で右の方からは、安全な新型炉でビジネスするとか、ドライ貯蔵などというの
は消極的であるしテロリストのターゲットを増やすだけ、という批判があるわけです。
その保守派にも二種類あって、石油をどんどん掘れというペイリン流から、再処理に
高速増殖炉だというアングル型まで色々あり、それが「米国の覇権を放棄する核廃絶
には反対」という声に重なっているわけです。
プリンストンでの質疑応答でも、恐らくはオバマの現実的な政策を前提としている
であろう先生たちの姿勢には、どこか弱々しさを感じさせるものがありました。その
パネラーに対して、上昇志向の学生からは中国の核戦略の脅威を指摘され、団塊世代
の「市民」からは老朽化した炉と貯蔵施設の危険性を延々と質問されるなど、ある種
の板ばさみ状態がそこにはありました。その構図こそ、今日現在のオバマの原子力政
策の政治的危機を示しているよう思われたのです。
そうした左右からのオバマ批判は、更に今回のリビア戦争が長期化した場合は、ど
んどん大きな声になっていくでしょう。左からは原発を推進し戦争を始めたオバマを
見放すという動きが出てくるかもしれませんし、右からは半端な原子力戦略と核廃絶
への批判と、これに加えてアルカイダに味方する(右派にはそういう主張があります)
ような戦争を始めるなど言語道断ということになるでしょう。福島とリビアを称して、
アメリカの一部のメディアは「ダブル・クライシス」という言い方をしています。日
本人としては不愉快きわまりませんが、オバマ政権に取っては政治的には確かにそう
なのだと思います。
「「フクシマ・ダイイチ」を見つめるアメリカ、その原発論議の文脈」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第506回
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「「フクシマ・ダイイチ」を見つめるアメリカ、その原発論議の文脈」
アメリカの大学は、地域への情報発信や啓蒙活動を目的として、大きな事件がある
とその大学の教員を中心とした緊急パネルディスカッションを行うことがあります。
今週は、プリンストン大学のウッドロー・ウィルソン国際政治学部が、24日の木曜
日に今回の福島第一原発の事故に関する公開ディスカッションを行っています。報道
によれば、コネチカット州のイエール大学でも同様の討論があったようですし、恐ら
く全米で同種の議論が繰り広げられていると思われます。
プリンストンといえば、戦前に「マンハッタン計画」など核開発の中心地であった
ことや、そのキーパーソンであったアインシュタイン博士が戦後は核兵器廃絶を訴え
るなど、原子力には縁の深い土地です。現在でも、原子力に関する最先端の研究施設
もあります。ですから、私はかなり高レベルの議論を期待して行ったのですが、考え
てみれば主宰したのは国際政治学部であり、どちらかと言えば「文系的」な発想での
討論に終始していたのも事実です。ですが、アメリカがエネルギー戦略、国際戦略の
中で今回の事故をどのように考えているか、その文脈を知る機会としては有益でした。
まず、安全性の論議ですが、アメリカの議論は主として二つに集約されます。一つ
は、原発の老朽化という問題です。この点からはアメリカの視線は主として「1号機」
に注がれています。今回のパネラーの一人である、アレクサンダー・グラサー准教授
(同大の国際政治学部と航空宇宙工学の兼任)も指摘していたのですが「GEマーク
1」と呼ばれる一号機と同型の炉は、現在アメリカでも多く稼動しており、稼働から
40年以上を経過した炉が多く存在しています。
この点に関しては、アメリカ政府の原子力委員会(NRC)は「新型炉への交換に
はカネがかかる」ことを理由とした各運転企業からの「稼働免許の延長」を要請され
ており、一方で「老朽化した炉の稼働延長は危険」という反対派との間で政治問題化
しているのです。これは福島の事故以前に色々な形で問題になっていました。
アメリカがとりわけ「1号機」に関して「格納容器から水が漏れているのでは?」
とか「初動での海水注入が遅かった」とか逆に「海水注入は危険、用意するから今か
らでも真水を」などと色々なことを言ってくる背景には、一見すると日本サイドへの
不信感があるように見えます。ですが、そんなことよりも「老朽化した炉の危険性」
を自分の問題として捉えているという点が大きいと思われます。
もう一つは、「使用済み核燃料」への危機感です。これは主として「4号機」への
大きな関心となって現れているのですが、とにかく使用済みの燃料棒については「崩
壊熱を発するために最低5年は循環ポンプ付きのプールで冷却」するという「ウェッ
ト貯蔵」のプロセスを経るわけです。そこで電源供給がストップして貯蔵プールが沸
騰したとか、燃料棒が露出して放射性物質が出たというのは、アメリカに取って大き
な恐怖感があるのです。
というのは、ごく最近の問題として「ユッカ・マウンテン貯蔵施設計画の挫折」と
いう政治的な事件があったからです。アメリカは(一部軍用研究と最先端研究を除い
て)基本的に使用済み核燃料の再処理は国策にしていません。再処理をすると核兵器
転用の可能なプルトニウムが出ることを世界戦略の上で嫌っていることがその理由で
す。
言い方を変えれば、使用済み核燃料のリサイクル(日本政府の言う「核燃料サイク
ル」)という政策も採用しておらず、そのために使用済み核燃料は「永久貯蔵」が国
策です。しかも十分な(最低5年)期間の「ウェット貯蔵」の後は、プールから上げ
て「金属キャスクという容器に入れ、不活性ガスを充填した頑丈な貯蔵コンテナに密
閉する」という「ドライ貯蔵」をキチンと行うというのが国の方針になっています。
ですが、その国策を実行するためのインフラはできていません。2002年に91
1の同時多発テロの教訓から「使用済み核燃料の盗難」や「貯蔵施設への攻撃」に対
するセキュリティへの危機感が増す中で、ネバダ州の「ユッカ・マウンテン」という
山地の堅い岩盤の中に半永久的な「ドライ貯蔵」施設を作ることになったのです。と
ころが、その後、この場所がラスベガスに近いことなどから、反対運動が激しくなり
最終的に2010年に中止が決定されています。
ちなみに、ユッカ・マウンテン貯蔵施設に関して、反対論の急先鋒に立っていたの
は地元選出のハリー・リード上院院内総務(民主)であり、このプリンストン大学の
パネルディスカッションでも、リードの政治的行動を苦々しく思っている(例えば、
フランク・フォン・リッペル教授)という発言がありました。
では、ユッカ・マウンテンがダメになった現在、使用済み核燃料に関してはどうい
う状況かというと、各原子炉に敷設された「プール」での「ウェット貯蔵」にどんど
ん使用済み燃料棒が溜まっているのです。その一方で、「ドライ貯蔵」を各地で分散
して行う努力もされていますが、ユッカのドタバタ劇の余波で、思うように進んでい
ません。つまり5年を経過した比較的冷えた燃料棒と、直近の燃料交換時に原子炉か
ら取り出したばかりの熱い燃料棒がプールに一緒に入っていて、それが全米の原子炉
で容量の限界に近付いているわけです。
仮にそのプールの循環冷却装置が止まったら・・・福島第一の「4号機」はその恐
怖をまざまざと見せつけました。そのために、アメリカは動揺しているのです。簡単
なはずの「使用済み燃料貯蔵」で問題を出したからと、日本や東電を批判する視線で
は全くありません。「今ここにある危険」としてアメリカは認識しつつあるのです。
アメリカの原子力戦略において、安全性と同時に重要視されているのは安全保障で
す。前述のとおり核燃料の再処理に消極的なのは核拡散の危険性を重視してのことで
すが、ではこの問題からの「福島への視線」はというと、こちらも複雑です。この問
題に関しては、「3号機」が注目されています。というのは、現時点で安定させるこ
とのできていない炉の中で、「3号機」だけが日本の「プルサーマル計画」(変な和
製英語ですので今回の事故を機会に使用を止めたほうがいい言葉です)に従って、使
用済み核燃料から抽出したプルトニウムとウランを混合した「MOX燃料」を使用し
ているからです。
アメリカは核燃料の「リサイクル」に消極的で、例えばフランスや英国、そして日
本が積極的であることにも「苦々しい」印象を持っていたようです。ですが、ほぼス
トップさせていた再処理について、再処理の本来の目的である高速増殖炉技術につい
て、国際的なグループに加盟したり少しずつ研究を再開し始めてもいるのです。今回
のパネルディスカッションでも、後半の質疑応答の中で、危険性論議が中心の一般市
民とは異なり、国際政治の学生たちからは「対中国戦略」からの質問が何点か出てい
ました。
というのは、様々な問題に直面してきた英仏日を尻目に、中国は使用済み核燃料の
再処理技術の推進をどんどん進めており、その先には高速増殖炉の実用化まで視野に
入れているからです。今年の1月に自主技術での再処理成功を大々的に報道している
ぐらいです。このことは同時に、核弾頭に転用可能なプルトニウムが無限に生産され
ることを意味します。この問題と、中国の「CSS5(東風21号)」と呼ばれる準
中距離戦術核ミサイルの問題がリンクしてくると、アメリカとしては総合的な抑止力
をどうするかという危機意識になっていくわけです。
今回の福島第一の事故を受けて、中国も新規建設中の原発の工事を停止しています。
ですが、このプリンストンのディスカッションにおいても、「中国は真っ先に工事を
再開してくるだろう」という学生の指摘に対して、パネラーの教授陣の見方も「恐ら
くそうだろう」ということで一致していました。
実は、共和党のいわゆる「ティーパーティー」と呼ばれるグループなど、強硬な保
守派の中には、こうした文脈から「再処理を積極推進して、十分な核弾頭供給力を持
ちつつ、高速増殖炉においても実用化で世界をリードしてエネルギー問題を解決すべ
き」という声もあるのです。例えば、2010年の中間選挙に際してネバダ州の上院
議員選挙で、リード院内総務に肉薄したシャロン・アングル候補は、自分の選挙区に
ある「ユッカ・マウンテン貯蔵施設計画」を拡大して、最先端の再処理工場を誘致し
ようという主張をしていました。
勿論、ネバダの世論は特にこの点に関しては支持せず、アングル候補の敗因の一つ
ともされているのですが、ティーパーティーの強硬派にこうした見方があるというの
は注目しなくてなりません。元来アメリカの草の根保守は「温暖化理論はウソだから
化石燃料をどんどん掘れ」という主張と並行して、別個の問題として「アメリカは強
くなくてはいけないから核廃絶には反対」というバラバラの主張を繰り広げていまし
た。サラ・ペイリンなどがいい例です。
ですが、アングルの主張していた再処理、高速増殖炉、核武装の三点で中国に対抗
すべきという動きは、もしかしたら共和党右派の中で一つの流れになるかもしれませ
ん。そこには宗教的な問題もあります。原子力の利用反対派には、「人間は神ではな
いのだから、危険な原子力の利用は自制すべき」という感情があるわけですが、アメ
リカの宗教保守派には「大自然の中で人間は小さな存在だが、同時に神に選ばれた存
在だから生存のためには何をやってもいい」という発想法があるのです。彼等は「最
先端の技術、しかも軍事とエネルギーの分野で中国に負けない」ためには、何でもや
ろうとするでしょう。
ここで浮かび上がるのは、オバマの原子力政策というのは実務的にも理念的にも実
に中道的なものだということです。炉の老朽化に対しては「受動安全性(緊急時には
自律的に冷温停止が可能)を備えた新型炉」への置き換えと、積極的な輸出を「日本
をパートナーとして」国策として推進、使用済み核燃料に関しては「ドライ貯蔵」を
推進、その一方で再処理や高速増殖炉は研究のみとして、更に世界的には核軍縮の理
念と監視体制を広めて核戦争や核テロの危険を下げる、こうした一連の政策はそれ自
体が一貫性があるわけです。
更にその政策が温暖化と排出ガスの理論にも整合性があるわけですし、アメリカの
輸出立国、日米のパートナーシップにもリンクしてくるわけです。今回の福島第一の
事故を契機として、その「オバマ流の中道現実策」が一気に危機に直面することにな
りました。勿論左からは、まず老朽化した炉が怖い、ウェット貯蔵の停電が怖い、ド
ライ貯蔵の施設もイヤ、という恐怖心からの問題提起がどんどん行われ、それが原発
不要論として増幅しつつ、具体的には「自分の州には新型炉も貯蔵施設もお断り」と
いう政治的圧力が更に強まることになるでしょう。
一方で右の方からは、安全な新型炉でビジネスするとか、ドライ貯蔵などというの
は消極的であるしテロリストのターゲットを増やすだけ、という批判があるわけです。
その保守派にも二種類あって、石油をどんどん掘れというペイリン流から、再処理に
高速増殖炉だというアングル型まで色々あり、それが「米国の覇権を放棄する核廃絶
には反対」という声に重なっているわけです。
プリンストンでの質疑応答でも、恐らくはオバマの現実的な政策を前提としている
であろう先生たちの姿勢には、どこか弱々しさを感じさせるものがありました。その
パネラーに対して、上昇志向の学生からは中国の核戦略の脅威を指摘され、団塊世代
の「市民」からは老朽化した炉と貯蔵施設の危険性を延々と質問されるなど、ある種
の板ばさみ状態がそこにはありました。その構図こそ、今日現在のオバマの原子力政
策の政治的危機を示しているよう思われたのです。
そうした左右からのオバマ批判は、更に今回のリビア戦争が長期化した場合は、ど
んどん大きな声になっていくでしょう。左からは原発を推進し戦争を始めたオバマを
見放すという動きが出てくるかもしれませんし、右からは半端な原子力戦略と核廃絶
への批判と、これに加えてアルカイダに味方する(右派にはそういう主張があります)
ような戦争を始めるなど言語道断ということになるでしょう。福島とリビアを称して、
アメリカの一部のメディアは「ダブル・クライシス」という言い方をしています。日
本人としては不愉快きわまりませんが、オバマ政権に取っては政治的には確かにそう
なのだと思います。
ラベル: 国際情勢
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