荒地の恋
だれでもがわかる本ではないと思う。
だが、わかるその人がこの本に惹かれるとき、この本は、この本のなかの人たちは、きれいな顔をしながら、あるいはねめつけながら、どいつもこいつも、クツを脱いでいようがはいていようが、とにかく土足で我が心の中に入ってくるのだ。
そうして、
「なにをしているのだ」と言ったり、
「一緒にどこかへ行ってしまおう」と言ったり、
「おまえは才能がなくてよかったな」
「おまへはなまけものでよかったな」
「おまへは、おまへは、おまへは、…」と際限もなく繰り返すのだ。
そのだれも彼もが、わたしにはすでに肌で感じてしまった奴らなのだ。
奴ら扱いにしては可哀想なご婦人もいらっしゃるが、ここではそれも許してもらおうか。
酷薄さだけは少しは持ち合わせている輩だからさ、わたしも。
それにしても、ひとっかけらの美しさもないこんな小説にこうも惹かれてしまうのは、どいつもこいつもが言葉を扱う非情さをよく知っているからなのだろうか。
ひょんなことで時間を無駄にしたわたしには手元に幾ばくかの手仕事があり、こいつを何としても仕上げねばならないのだが、それが終われば、ほんとうに何処かに行ってしまいたくなる。
いやいや、そんな悠長なことを言ってはいられない。
この際、行ってしまえばいいのだ、そこらのフウテンと手に手を取って、何処かへ行ってしまえば。
足跡を慎重に消しながら、そして、その後は、脱兎のごとく。
ラベル: 作品
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