2011年11月8日火曜日

それは、やはり、ただの染みではなかったのだろうか?

芸術を染みと勘違い=清掃員が模様拭き取る-独美術館

 【ベルリン時事】ドイツ西部ドルトムントのオストワル美術館で、展示中のオブジェの模様を清掃員の女性が染みと勘違いして拭き取るハプニングがあった。
 被害に遭ったのは、80万ユーロ(約8600万円)の価値があるとされるドイツの現代芸術家マルティン・キッペンベルガー氏の作品「天井から滴り始めるとき」。木を組み合わせた高さ約2.5メートルの塔の下に、水滴の痕のような模様が描かれたゴム製のおけが据えられている。
 美術館を管理する市当局によると、10月下旬にこの模様が拭き取られているのが見つかった。修復は困難とみられる。市当局者は「展示作品の20センチ以内には近づかないよう清掃会社に指示していた」と述べ、清掃員の不注意に不快感を示した。(2011/11/07-07:24)

ラベル:

2011年8月23日火曜日

詩の礫


福島からの言葉です。
力のある言葉だと思います。

ラベル:

2011年8月14日日曜日

伊集院静氏のエッセイ

伊集院静氏のエッセイとして「大人の流儀」は取り立てるほどのものではなく、なにやら世間に対するご意見が網羅してあって、彼には似つかわしくない気配もある。
それは編集者の希望もあろうし、文章の長さ指定もあることだから致し方なく、だからそれらが大きく取り払われた最後の先妻との別れを書いた部分にわたしの目はひきつけられる。
本当のことを書けば、その他のところはさらりと眺めたに過ぎない。

彼のエッセイなら「あの子のカーネーション」や「神様は風来坊」などにまとめられている週刊文春に連載されていたものの方が数段上で、そのなかには自己否定の気配がはっきりと描き出されていて他者への批判は影をひそめる。
もともと誰かへの批判は、相手がよほどくだらなく当たり前のようにのさばっている場合にこそ発せられるもので、たいていの場合は、それこそそういう奴らはどうでもいい。

わたしなどであっても、あれはクソだなと思う人間を何人か知ってはいるが、どうでもいいと思っている。
クズのことなど頭の片隅に上らせる必要はないので、思うのは敬愛する人やその顔が浮かぶと微笑んでしまったりする人のほうがずっといに決まっている。
もちろんそのような心和ませたり、深々と敬意を示したくなるような人と出会うのはまれだが、そういう人を日々思っていることで、どこかでまた同じ匂いのするそんな人に出会えるかもしれないとその予感に心が疼いたりする。

伊集院氏には、だれかれとなく他者を否定するような感受性の荒いところはなく、むしろ自己否定が強烈に入った体育会系の男と考えたほうがいいだろう。
情に厚く、なぜかしら人に可愛がられ、そういう人たちから多くのものを受け取ったどうしようもない男である。

だから、自分を棚に上げてどうでもいいような他人を声高に批判するのをよしとしない。(そうなんじゃないかな)
だとすれば、「大人の流儀」では最後の吐露のような先妻への思いを綴った部分を読むだけでいいのではないかと思う。

以上のことは別にしてこのエッセイはわりと売れていると聞く。

売れる売れないは、作品の出来とは違う関数によって出来上がっていると考えていいのではないかな。

ラベル:

2011年8月13日土曜日

大人の流儀


最後にある「愛する人との別れ」が滋味あふれる。
他のエッセーはといえば、いろいろな人に愛されている人だなあという感慨である。

ラベル:

津波と原発


論ではなく、それでいて利権の形成されているところもしっかりと押さえてあって教えられた。
いいものも悪いものも含めて日本がさらけ出された震災であった。
今の時期なら落ち着いて読める。

ラベル:

2011年8月5日金曜日

解放令の明治維新


われわれに知らされている歴史はある一面から照射されたものに過ぎないのだが、その照らし方にある意思が働いていたりする。
ここにあげた本に照らし出される歴史はわれわれの知らない面から歴史を映し出したもので、たとえ入門書と著者が注解を与えようともその見たことのない風景は驚くに値する。

このようにわれわれの知る歴史は見えないものを作り出し続けていて、そういう環境を熟成する学校教育や世間に出回るいわゆる歴史本や歴史小説から脱却することは難しい。

「解放令の明治維新」に出会ったりするとはっとしてしまう所以である。

ラベル:

2011年7月21日木曜日

東電OL殺人事件


かつて読んだこの本の緊張感を思い出しました。
長いときをマイナリ氏に過ごさせてしまいました。

東電女性社員殺害事件で無期懲役が確定したゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(44)は21日午後、第三者が犯行現場に行った可能性を示すDNA型鑑定の結果を告げられ、「徹底的に調べれば、必ず無実の証拠が出ると信じていた」と、拍手しながら喜んだという。
 服役中の横浜刑務所で面会した「無実のゴビンダさんを支える会」事務局長の客野美喜子さん(59)によると、マイナリ受刑者は面会まで鑑定結果を知らなかった。15日に面会したばかりの客野さんが訪れたことに、最初は不思議そうな様子を見せたという。結果を伝えると両手をたたいて喜び、「(母国の)ネパールに『真実は必ず勝つ』ということわざがあって、それを心の支えにしてきた」と話した。(2011/07/21-17:03)

ラベル:

2011年7月18日月曜日

「2NE1」を日本は受け入れられるのかな…

2NE1の日本デビューののろしは、3月11日のテレビ朝日系「ミュージックステーション」出演であがるはずだった。
だが、この日、未曾有の天災が日本を襲ったため、当時の活動計画は大幅に変更されることに。実際、メンバーは同社屋内でのリハーサル中、地震に遭遇し、相当なショックを受けたという。
その後、日本デビューを心待ちにしているファンや苦労に直面している日本を自分たちの歌とパフォーマンスで元気づけたいと始動を決意。スケジュールを立て直した4人は、スペシャルな思いを込め「2NE1 COUNTDOWN」を企画した。
9月21日のミニアルバム発売日から21日ずつさかのぼって配信サイト、レコチョクでアルバム収録曲の日本語詞曲を3曲連続配信するもので、今月20日第1弾「I AM THE BEST」を配信。8月10日、同31日と続く。トップバッターの「I-」は6月24日に配信され、本国のチャートを総なめにしたヒット曲の日本語版で、米国、カナダ、スウェーデン、オランダのiTunesエレクトロニック・チャートでトップ10入りしている。
2NE1は09年に韓国でデビューして以来、アジア各国の音楽賞を30冠獲得し、プロモーションビデオがYouTubeで1億4000万回以上流れた実績を持つスーパーユニット。クオリティーの高いダンスと歌唱力がアジアのみならず米国でも人気だ。
リーダーのCL(20)は「日本は幼い時期を過ごしたこともある特別な場所。皆さんと一緒に楽しめるステージがしたい」、ボーカルのDARA(26)は「いまだに地震の日のことを考えると胸がドキドキして辛いときがある。でも、一緒に頑張るため日本に行きます」とコメント。来日は未定だが、Mステのリベンジ出演も含め、お披露目ステージが注目される。

ラベル:

動画の貼り付けに挑戦(あんさん、お暇どすなあ…)

ラベル:

2011年7月4日月曜日

和合亮一さん

「放射能が降っています。静かな夜です。」(『詩の礫』引用)

 東日本大震災の発生から6日目の3月16日夜、福島県福島市在住の詩人・和合亮一はTwitter上に言葉を投下し始めた。福島第一原発が1号機、3号機に続き、4号機でも水素爆発を起こした、その翌日だった。

「放射能が降っています。静かな静かな夜です。」(『詩の礫』引用)

 それから、詩人は毎日ツイートを繰り返した。ときに具体的に、ときに観念的に、その言葉は詩人と福島の極限的な状況を伝えた。詩人のTwitterアカウントは瞬く間に拡散され、やがて詩人の言葉は「詩の礫(つぶて)」と名付けられた。震災の最中にあって、多くの読者が「詩の礫」に触れ、直接に詩人と言葉を交換した。

「しーっ、余震だ。」(『詩の礫』引用)

 立て続けに発生する震度4、震度5という大きな余震に揺さぶられながら詩人が綴った「詩の礫」は、一冊の本になった。震災から100日あまりが経過した6月下旬、上京していた詩人・和合亮一に会いに行った。

――震災時は勤務先の高校にいらっしゃったと伺っています。

和合亮一氏(以下、和合) 伊達市内の高校にいました。いままで体験したことのない、動物の背中に乗っているみたいな、そういう揺れでしたね。想像の域を超えたような揺れ。ただ、そのときはこんなに大きな被害が出るとは思っていなかったんです。2~3日もすれば日常生活に戻れるだろうと。ところが、その日の夜に、余震がひどくて駐車場で夜を明かそうとしていたら、ラジオから「仙台の若林区に300人の遺体が流れ着きました」という声が流れてきた。その情報を耳にしたときに、これはすごいことが起きているな、こんな破壊的なことって、経験したことないな、と。今回の震災が、衝撃を持って実質的に自分の中に入り込んできた感じでした。

――その後の3日間は避難所で過ごしたそうですが、書くことへの意欲が湧いてきたのはいつごろでしょうか。

和合 その3日間はほとんどライフラインが止まっていたので、食料や水を確保することで1日が手いっぱいでしたね。ただ、手帳にメモを書いていました。いままで自分が書いたことのないようなメモです。ずっと、ひっきりなしに書いていたんです。いま思えば、震災のショックで、書くことに徹していたような気がしますね。

――そのメモは、理路整然としたものなのでしょうか。

和合 すごく、幼稚な文章です。誰がこういうことを言ったとか、列に並んだ、並んで水をもらった、パンをもらった、そういうことですね。それと、飛び込んでくる死者の数をメモしていたり。何か、とにかく目の前であったことを書かずにはいられなかったんです。そうして自分自身を守ろうとしていたのかもしれません。

――とにかく、気を鎮めるため。

和合 気を鎮めるためですね。

――3月16日からTwitterへの投稿を始められるわけですが、その冒頭で「物の見方、考え方が変わりました」と書かれています。

和合 そうですね。それまで、原発は絶対安全だと言われていたし、福島にも地震は来ないと言われてきた。そういう目の前のものが、すべて崩壊に向かっていくような、そういう風景が見えたんです。自分の言葉自体も崩れて、がれきになってしまったような、そういう印象がありましたね。

 *

「行き着くところは涙しかありません。私は作品を修羅のように書きたいと思います。」(『詩の礫』引用)

 *

――16日前後と言うと、原発が爆発した直後で、命の危険というものも感じていたのではないでしょうか。

和合 それはすごく感じましたね。もっと大きな爆発があるんじゃないか、という不安もあったし、とにかく余震が多かったので。『風が吹くとき』(あすなろ書房)という絵本があるんですが、それを思い出していました。

――そんな状況下で「作品を修羅のように書く」とは、どのようなことでしょうか。

和合 根源的な情動のようなものですね。初期のころの「詩の礫」は全部、即興なんです。思い付いたことをそのままツイートするという。ものを書いてきた人間の本能というか、いま思い出しても、自分が書いたんじゃないような、夢を見ているみたいな感覚です。キーを叩いていても、そこに自分の人格がない。自分自身が言葉にすがっている。ここに生きているということと、Twitterに言葉を投げ込むということが、同じレベルにあったんだと思います。

――詩を書く、という行為そのものが変わってしまった。

和合 いままでは、現代詩の技法というもの、その完成度を思いながら書いていたんです。比喩をどう使って、完成度の高いものを書くか、次には、その完成度をどう壊すか、そういう作業をしてきたんですが、震災後にはそういうものをすべてブン投げちゃった。完成度が高いとか低いとか、そういう価値基準や判断を持っていることがバカバカしくなってしまったんです。もう詩人としての勝負は辞める、と。震災前までは、僕の読者、詩集を買ってくれる方々というのがいて、僕は作品を書いてその読者に届ける、ということを考えていたんですけれど、震災後はまったくそういう想定がなくなってしまった。「詩の礫」も、誰かに届くということは考えていなかったですね。

――「詩の礫」はTwitter上で、和合さんのことを知らなかった人たちの間で広く拡散されていきました。そうした新しい読者の反応をリアルタイムで見ながら書いていたということですが、作品を発表した瞬間に具体的なリアクションが返ってくるというのは、どういう体験でしたか。

和合 言葉の力をもらっている、という感覚ですね。メッセージをもらうと、自分の中に波が立ってくる。波が立ってくるから、また書こうと思える。僕は詩の朗読を20年間やってきたんですが、そのときの感覚とすごく似ています。現場性がある。呼吸が一致しているという感じがするんですよ。見てくれている人と、一緒になっている感じ。パソコンの画面がうねっているような、Twitterを通して、いろんな人の呼吸が感じられるんです。

 4月1日に、10回目の「詩の礫」を書いているとき、不思議な体験をしました。そのころの「詩の礫」は、ある程度準備をして、メモを横に置いて作っていたんですが、2時間書き続けたうちの後半の1時間に、メモをまったく見なくても書ける、即興で書けるという状態になったんです。この詩はラストにはどうなるんだろうという不安を感じながら、言葉がどんどん出てきた。最後は海に行って、水平線に美しい一艘の帆船が見えた、というところで終わるんですけど、それも最初からそういう展開になるとはぜんぜん思っていなかった。みんなの呼吸がそうさせてくれたっていうね。それまでの「詩の礫」とはまったく違う感触だったんです。その最後に「みなさんと一緒に未来を歩いた気がします」と書いたんですが、ネットでそういう目覚めのようなものを感じることは、震災前にはなかったことですね。

 *

「11438人の影(日本中の詩友よ、今こそ詩を書くときだ、日本語に命を賭けるのだ、これまで凌ぎを削ってきた詩友よ、お願いする、詩を、詩を書いて下さい、2時46分、黒い波に呑まれてしまった無数の悲しい魂のために、お願いする、私こそは泣いて、詩友に、お願いする。)がバス停を過ぎる。」(『詩の礫』引用)

 *

――震災直後から和合さんの詩を読んでいた方というのは、直接大きな被害を受けていない方や、被災地にいてもインフラの復旧が早かった方が主だったと思うんですが、自分も含め、そういう人たちの間には「自分には何もできない」という無力感とともに、自分が被害を受けていないという事実に対して罪悪感のようなものがあったと思うんです。そういう人たちにとって、毎日更新される「詩の礫」というのが「この詩を読んでいる間、私は福島とともにある」という実感が得られるものとして機能していたのではないかと感じるんですが、和合さんご自身はその期間、詩人として、社会の中である役割を担っていたという思いはありますか。

和合 メッセージを、たくさんいただいたんですね。「情報に追われて生活をしていて、つらい中で、このTwitterを読んだことで静かな気持ちになり、いろいろ考えることができました」とか、両親を残して福島を離れている方が、「福島の状況を知りたい、父と母のことを考えたいから読んでいる」とか。そういうメッセージやお手紙をいただくんです。「心配で心配でしょうがなくて、いろんな人に話を聞きにいったんだけど、どの人の説明も、自分の心を満足させてくれなくて、『詩の礫』を読んでると、自分が求めてるのは、詩人の語りなんだな、と思いました」とか、「お父さんお母さんを亡くして、それでもう、何も考えられない日々を過ごしてたんだけど、この詩を読んで、まず泣いた、ずーっと泣いた、一日泣いてた、泣いたら、次どうしようかってことを考え始めることができました」って、どれもすごく丁寧に書かれていて。そうして待っている人がいるのであれば、書こうと思うんです。それを、物書きとしての役割と言っていただくのはすごくうれしいことですけど、本気で気持ちを救うことができるのであれば、少しでも手助けができるのであれば、それは続けたいと思いますね。

――詩人だから詩を書く、というのではなく、重そうな荷物を持ってあげていたような感覚でしょうか。

和合 そう。だから「詩の礫」って名前は付けているけれど、書いたものに詩が宿ってきてくれればいいかな、と思うんです。

 *

「うるせえ、放射能をぶっ潰してやる。震災をぶっ潰してやる。」(『詩の礫』引用)

 *

――「詩の礫」では、怒りの感情もすごくストレートに表現されています。地震に対して、地球に対して。その反面、誰か人間に対して怒っているという部分は見当たらない。例えば避難所やガソリンスタンドには自分勝手な人がいたかもしれないし、地元の行政にもいたかもしれない。もちろん東電や、政治家にも不満や怒りは大いにあったと思うんですが、「詩の礫」を公開していく中で、これは詩に書いてはいけない、この気持ちを表現してはいけない、と決めていたことはありますか。

和合 そこはやっぱり、詩だ、という意識があるんですね。詩である限り、何か高潔なものでありたいという気持ちがある。人を傷付けるものにはできないという。宮沢賢治の言葉に出会ったんです。「新たな詩人よ 嵐から雲から光から 新たな透明なエネルギーを得て 人と地球にとるべき形を暗示せよ」っていうね。詩を書くことの意味って、人と地球、人の次に地球が来るっていうのが、詩ならではの働きかけなのかな、と。だから今回の『詩の礫』を書いているときにも、誰かを傷つけてはいけない、被災者の人たちの気持ちを追い込んではいけない、という思いは、書く基準としてあったと思いますね。

 *

「美しく堅牢な街の瓦礫の下敷きになってたくさんの頬が消えてしまった」「こんなことってあるのか比喩が死んでしまった」(『詩の礫』引用)

 *

――「比喩が死んだ」という表現をされていましたが、確かに今回の震災で、多くの言葉が意味を変えました。例えば「原発」という言葉もそうですし、サザンオールスターズの「TSUNAMI」という曲もそう。報道の中で「市街地が壊滅しています」とNHKが繰り返している。それはフィクションの中でしか聞こえてこなかった表現だったはずですが、現実が比喩を追い越していくという状況を、言葉の表現者としてどのように受け止めていくのか、あるいは、日本語がここまで大きく姿を変えたとき、詩人はそれとどう向き合うのでしょうか。

和合 やっぱり詩を書くということにおいては、直接的でなくとも、比喩を追い求めていかなくてはいけないと思います。言葉が醸し出す何がしか、言葉の影のようなものを追いかけていかなくちゃいけない。おっしゃる通り、今は完全に現実が比喩を追い越してしまって、比喩というものが極限状態では成立しないということを、まざまざと見せ付けられたわけです。言葉が、まったく表情を変えてしまった。例えば「福島」なんて、震災前は「ふぐすま」なんて言われて、何もない土地だという印象だったけれど、今は世界中の人たちが分かってしまう。カタカナで「フクシマ」っていう、なんだか鋭くて恐ろしい言葉に変わってしまった。そういう言葉の表情一つひとつが変わってきた中で、変わってきたものを並べながら、やっぱり比喩を作っていくしかない。比喩を作るっていうのが詩人の命ですから、直喩にしろ擬人法にしろ暗喩にしろ、どうにかして比喩を成していかなくちゃいけないというのが、これからの課題だと思うんです。僕が選んだ方法というのは、とにかく目の前のことを、ドキュメントとして書いていく、記録として書いていく、いまあることを、いまあるままに発信していく。その中で、そこに新しい比喩が宿っていけばいいな、というふうに思いながら、実は書いています。

 *

「目をあけた 福島の子よ」「雨の夜を歩き通した 子どもよ」「一番最初の きみの 夜明けだ」「生まれてきて くれて ありがとう」(『詩の礫』引用)

 *

――実は今日、一番聞きたかったのは、まさに和合さんがおっしゃっていた「フクシマ」という日本語の話なんです。もう世界中の人が、「チェルノブイリ」「スリーマイル」と言うときと同じ顔で「フクシマ」と言う、そういう状態になってしまったことは動かしようがなくて、それでも福島には、今もたくさんの子どもたちが暮らしている。彼らは、福島生まれ福島育ちという事実を一生背負っていかなければならない。健康被害ももちろん心配ですが、その思想やアイデンティティーにも大きな影響を与えることだと思うんです。汚染された地域で育った人間である、と見られ続けていく彼らに対して、私たち、日本の大人たちは、何をどう伝えていったらいいのだろう、ということなんです。

和合 そこがですね、僕がいま、ずっと考えていることなんですよ。放射能とともに暮らすという現実が、これからずっと続くと思うんですね。簡単に「子どもを逃がせ」って言ってくる人もいるけれど、例えば自主避難をしたとしても、避難した先でどう暮らすか、そこには仕事もなければ生活の基盤もない、お金だって下りないし、生きていけないんです。そういう現実を、福島は抱えてるんですよ。それは福島の空気の中で暮らさないと分からないことだし、浜通りには浜通りの空気の中で暮らさないと分からないことがある。一度故郷を離れたらもう戻って来られないという気持ちもあるし、親の問題もある。いま避難せずに生きている人たちって、何らかの理由があって福島にいるわけです。だから、福島で生きていく限り、それを大人たちがもっと語れるようになっていかなければいけない。福島の人たちの気持ちの拠りどころになれるような言葉を、僕はずっと自分の中に探しているんです。一言なのかもしれないし、長いフレーズなのかもしれない。今はまだ、分からないです。大人が子どもたちにどう接したらいいか、分からないです。言葉は何も解決しないでしょうけれど、何か時代のよすがになれるような言葉を、あれからずっと考えているんです。このままだと、われわれ福島の人間は、根無し草のまま、ずっと何の発信もできずに、原発が爆発したら爆発したまま、避難しろって言われたら言われたまま、まま、まま、っていう受動的な、そういう生き方、生き様で、悔しさを抱えながら、流されて生きていかなくちゃいけなくなるんですね。だから、ここに自分たちの生き様があったんだっていう、何かそういう言葉を残したいと、今は思っているんです。

 *

「2時46分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。」(『詩の礫』引用)

(取材・文=編集部)

ラベル:

2011年6月4日土曜日

ウスケボーイズ


ワインに惹かれている人間で麻井宇介を知らなければ偽者です。

それは、いわば、マティーニ好きが今井清を知らないがごとく、将棋指しが升田幸三を知らないがごとく、書の道にある者が今井凌雪を知らないがごとくです。

好きになるということがどのようなものか(この場合はワインですが)、その好きという方向が同じ者が、どのように肩を叩き合うのか、あまり声高にならず、よく書ききってあります。

いい本だと思いますよ、書家の雲峰先生。

ラベル:

2011年5月26日木曜日

和合亮一さんの詩の一部です

風と土を返して下さい。
福島の輝く初夏の風の匂いを…。
蛙の声が誘っている。
窓の外で…。
あの日から一度も窓は開けたことがない。
恋しい、窓に侵入してくる風の真顔。

ラベル:

2011年5月20日金曜日

セックスボランティア


根性の入ったいい本です。
何か、打ちのめされる感じさえあります。

ラベル:

2011年4月20日水曜日

10万年後の安全


「INTO ETERNITY」は、すぐれたドキュメンタリーです。
けれども、日本の教育システムで偉くなってしまった人には何も見えてこないだろうと思います。

フィンランドの教育システムと日本のそれとの違い。
それぞれの教育システムが生み出した人間たちの違い。

それが、ずさんな六ヶ所村の核廃棄物施設を作った日本とフィンランドのオンカロの違いです。

このドキュメンタリー映画に見る議論は、この国日本では一切なかったと断言していいのではないだろうか。

六ヶ所村は、これからどうするつもりなのだろうか?
人類の英知が生んだ、もっとも危険なものたちよ、INTO ETERNITY。

ラベル:

三宅洋平&PEACE-K/"手芽口土"

http://www.youtube.com/watch?v=3woP9iuoAu8&feature=related

ラベル:

三宅洋平&Peace-k/ "Midnight Running"

http://www.youtube.com/watch?v=v_6LK9YBYm8&feature=related

ラベル:

眠ります

今宵は、三宅洋平を聞きながら眠ることにしました。
いい男なのだろうと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=KqJ6bEWYntw

ラベル:

(映像)0326@名護市港公民館 ちばりょーとうほく! チャリティライブ

http://ameblo.jp/miyake-yohei/entry-10866302377.html

この洋平さんの声がいいねえ。
これが、腹から出た本気の声ですよ。

ラベル:

2011年4月18日月曜日

ビリー・ジーン

いつ見ても泣いちゃうね。
奇跡のポップダンスだろうな、ねえ、キミ…

http://www.youtube.com/watch?v=ucdo2br_5OQ&feature=related

ラベル:

2011年4月16日土曜日

パク・サンダラ


パク・サンダラは、「2NE1]の一人です。

よく眠る前に、彼女の出る「FIRE]のクリップを見ます。

ラベル: