2010年8月6日金曜日

だれが忘れるものか!

だれが忘れるものか、だれが何をしたのかを!

許す行為は一回性のものではない。
思い出すたびに繰り返し許さなければならない。
それがお前を許すという言葉の重みだ。
思い出さなくなるなら、ずっと楽なのだろうが…

わたしは、この会社である人物にスパイ行為をされた。
つまり、わたしの語ったことを逐一上司に報告されたのだ。
わたしは、このような姑息な行為を心底憎む男だ。

したがって、強く思う。
だれが忘れるものか、だれが何をしたのかを!

許そうとはするが、本当は一度も謝らぬおまえを軽蔑しきっているというのも事実だ。
人の心ぐらい察したらどうだ、間抜けな顔をして何を見ているのだ。

とまあ、気分の悪い時は感情に怒りの激震が走る。
けれども、相手にするだけで、わたしの心が汚れるのでやめる。

最後になるが、

「だれが忘れるものか、だれが何をしたのかを」

は、塩見鮮一郎先生からの借り物であることを報告しておきたい。
原文に一文字だけつけ加えましたが、塩見先生がアメリカが広島に対して行ったことを思って放たれた言説を拝借いたしました。
無断使用をお許しください。

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