王妃の紋章
故あって「王妃の紋章」を厚生年金会館へ見にいく。
平日の16時開映という時間帯であったが、広い会場は満杯。
評判の映画の試写会はこのようになる。
しかし、作品が支持されていたとしても作品の良し悪しとは別だ。(作品の良し悪し? ご指摘のとおりここは難しい)
この「王妃の紋章」、金は大いにかけたが、そしてかけたことは十分にわからせてくれたが、金を出してこの映画を見ようとする人間に「どうかね」とたずねられたら、「見んでもいいだろう」とわたしは答える。
大人数の場面(なんとか言うんだったよな)や衣装の華麗さ、セットのすさまじき豪華さ(シーンとしてすぐれているのかどうかは別として)を観たければ十分に堪能できる。
しかし、それだけのことで、この映像になぜこれだけ金をかけるのかはわかりづらい。
監督のチャン・イーモウは北京オリンピックの総合演出も務めるが、なにやらそのことを思うと興ざめもする。
まあ、見なくていい映画だよ。
では、見てしまったわたしにとってどうかといえば、それは見たは見ただけの価値がある。
どんないやなものでも見ないより見たほうがいいというのがわたしの主義だ。
けれどこの映画、観後感が残る。
その観後感があまりすっきりとしない恨みがある。
そのためかどうか、わたしは久しぶりに「吉野家」の牛丼を食べ、さらには「須賀敦子」の文藝特集号を買ってしまった。
ほんとうは、ある詩人の最近出した評論(詩論集)を買おうかと思っていたのだが、そういう気分にはなれなかった。
こういうときは須賀さんだなと思い購入した。
そう思われた須賀さんはいささか迷惑だったと思う。
「王妃の紋章」(!?)
まさに、超大作です。
そういえば、いっとき大作づいたチャールトン・ヘストンが亡くなったね。
この感想、好みといえば、そう好み、単なるわたしの個人的好みとして読んでもらえばいいだけの話である。
ラベル: 映画
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