2008年4月2日水曜日

五週間の断酒で身体が変わっており

酒をやめれば身体は変わる。
身体のついでに精神も変わり、久々の酒で、身体も精神もあちこちにガタがきている。

酒を呑んだのは、土日だから、月火が「ガタ」のピークか。
月曜からの断酒は、今度はさらに長く続くのだろうが、自分がどこへ行こうとしているのかもわからない。

月曜は、かねてよりの予定の「NAKBA」を観る。
まったく知らなかったことを映画に教えてもらう。
それは、松前藩のアイヌへの扱いもそうだったし、南米移民(棄民と称する)に対する日本政府の扱いもそうだったように、それまでわたしの知らないことだった。

(そういえば、わたしのように日本に対して文句をいっている人間は日本から出て行けとおっしゃる方がいるようだが、わたしは日本に文句をいっているのではない。抑圧するものに対して抑圧されている側から文句を言っている。しかし、そういう微妙なところが判らぬ人間たちもいて、かれらはカポーのように振舞う。南米棄民がどんな状態であったか知っておいたほうがいい。そして、日本から出て行けとはどういう意味か良く考えてしゃべったほうがいい。抑圧されたものの立場に一度もなることなく死んでいく人間もいれば、抑圧する側の腰ぎんちゃくとして一生を過ごすものもいる。われわれはどうするのかが残された問題で、そのことは静かに自分の身のうちに置いておくことにしよう)

続ける。
わたしは花岡事件も知らなかったし、ベトナムの中部山岳地帯の人々がどう扱われたかも知らなかった、インドネシアで起こった宗教戦争も知らない。
多くの知らないことはいつの間にか為政者によって書き換えられ、隠されていく。
とどのつまりの言いようは「いやなら出て行け」ということになる。

「出て行け」というやつらに対して殺意を持つこともある。
したがって、テロの気持ちがわからないではない。
また、ブッシュがイラク侵攻のためにビンラディンとウラで手を組んでいる話を聞けば、そうかもしれんなとも思う。

「NAKBA」を見るまで知らないことがあった。
抑圧する側と抑圧される側はどこにでも生じる。
「NAKBA]では、ユダヤ人が抑圧する側だった。
ホロコーストでは逆だった。
そして、アメリカ人にもいろいろのようにユダヤ人もいろいろいることを知る。
共時的にも通時的にもだ。
そういう細かいところに話はある。
激したかのように論調が流れるのはいくつかの細やかな議論をわたしがあえて捨て去って、書いているからだ。(書いても書かなくてもいいように)

あなたの家庭で、あなたは抑圧される側に立っているかのようだ。
だから、あなたの側にわたしは立つ。
いずれあなたも言われるかもしれない。
「そんなにいやなら、身ひとつで出て行けばいい」

ときに、わたしは、なにかを、知ったことで、すこしは、前進したのか。
知らない事が恥ずべきことである、そういう事実は存在していたのか。

自分の無知を棚上げするな。
自分の無知と向かい合い、少しでも進んでいきたい。
正義のためでなく、愉快であるために。
そう願っていてもいいのだろうか。

夕べ「NAKBA」を見た。
今朝、中国語を習った。
午後から夜にかけて、大量の仕事と一通の詫びの手紙を書く。

わたしは、どこに行こうとしているのか。
それは、進んでいると言っていい方向なのだろうか。

ただ陽光の差し込む縁側で、あなたとふたりで番茶を飲むことはできるのか。
そのとき、われわれのそばには、手作りの桜餅はあるか。
さわさわと木々の葉は風のあることを教えてくれているのか。

鬱がすこし回復していこうとする午後、ひとりこのブログを書いている。

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