2008年4月1日火曜日

断酒も五週間を過ぎて…

断酒も五週間を過ぎると慣れが来るもので、ちょいとばかりと思ったのが間違いのはじまりであった。
このところ、私自身を別とすれば、もっとも心配をしているK氏とバイオリンコンサートに行った帰り、帰りといっても途中休憩でこんなもんだろうと二人で抜け出したのであったのだが、その足で新宿に向かった。

ああだこうだと思いながら、「隋園別館」にたどり着いたのは珍しく正解で、いい酒と話ができた。
いい話ではあったが、なんらの解決策もないような話で、(といっても一点突破の作戦はかろうじてあるのだが、こいつは達成に難しい。ある夫妻によくよく相談されたしと、下駄を預ける格好になってしまったのはわたしに出来るせいぜいのところであった。)
二、三ヵ月後にいい話が聞ければいいが、そうは問屋が卸さないか。

わたしの断酒は、肉体的なものではなくて、精神的なものにそのとっかかりがあったのだが、それをようやく思い出させる今日の朝であった。
思い出したくもないあの気分が波状的に襲いかかり、強烈な欝にさいなまれている。
この欝はもうすでに昨夜あたりから始まり、大切な約束を反故にもしているが、「鬱」が原因だと言っても十分には信じてはもらえまい。
見た目に変わったところはないのだから、困ったものだ。
「鬱」のときは、顔面に髑髏マークでも浮かびだしてくれれば、信憑性も勝るのだろうが。

それでも今日は映画の日で一本だけのぞいてみたい映画がある。
さきほどレキソタンとセシリンを呑んだので、多少は動けそうな感じはあるが、厳しいかと問われれば、なるほどいまだに厳しいうつ状態で、できればこのままじっとしていたいものだ。

わたしの断酒がうつ病に端を発していることをようやく深刻に思い出した。
(人はなんにでも慣れ、忘れる。のんきなもんだ。)

そののんきさが、精神のバランスをぐらぐらと揺らせている。
時が過ぎればほぼ正常に戻っていくのだが、「時が過ぎる」のを待つのはつらい。
かといってアルコールを口にすれば、状況は急転直下に変わるが、本質的な解決にはならない。
酔いが冷めれば輪をかけた地獄だし、今度はアルコール依存症がてぐすね引いて待っている。

これで、多少とも世に認められている実績があればいいのだが。
浮浪者といささかも変わるところはない。
矜持さえないかもしれない。
とくに今の状態では。

ここしばらくを切り抜けて、「原発性アルデストロン症」の治療を細君にお願いして、新たなる明日を作り出すとしようか。
カッコをつけているようだが、カッコどころではない。
ほかには、解決策がない、つまりは万策尽きた我が人生といったところなのだ。

しばらくブログを休み、大変失礼をしました。
また、お付き合いください。

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