2008年4月11日金曜日

一九九七年十二月三十一日

先のブログに書いたようなわけで、わたしが1997年の紅白でちあきなおみが歌った「夜へ急ぐ人」へたどり着くのも当然の成り行きだった。

この映像は「You Tube」でご覧になれるが、テレビの限界を超えている。
茶の間にそぐわないのだ。
いまではテレビはさらに凋落し、子ども相手にあるいは子どものごとき連中相手に番組を作っている。

わたしはこの歌を彼女が歌ったときの社会の反応を知らないが、表立っては別として大きな反応があったはずだ。

それは異物だった。
しかも大きな異物であり、そのことを知っていたちあきなおみがなぜ紅白の舞台で歌ったかをわたしは知らない。
しかし、あのころにはまだテレビの先行きを心配する人が少なからずいただろうことはわかる。

「夜へ急ぐ人」は友川かずきがちあきなおみに捧げた曲であり、この曲を歌いこなす人はあのころもいまもちあきなおみ以外にはいない。
そして、「夜へ急ぐ人」を歌ったちあきなおみは特別なちあきなおみで、それ以外のとき、彼女もまたテレビ用の顔をしていた。
つまり、テレビ化された定型の範疇にあったということだ。

そして、この「テレビ化された定型の範疇にいようという常識」はこの社会に瀰漫しており、それが、この世の異物を住みにくくしていることになる。
しかしながら、煎じ詰めてみれば人はそれぞれがもともと他者に対しての異物でしかなかった。

というわけで、写し撮ったこの状況が人がこの世に住みにくい一面とになる。

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