2007年9月16日日曜日

作品としての眼鏡


一人の女に恋するよりは一人の女の可能性に恋していたい。
女は裏切るが、女の可能性はそれを信じる限り裏切ることはない。
それに己の可能性を信じるよりはあやふやさがなく数段心地よいではないか。

わたしは美しいものに惹かれることの少ない男で、
その意味では芸術性の低い男ではなかろうかと思うことがある。
しかし、美しさもさまざまな多様性があるはずで
いつの間にかわたしが美しさを限定し、見ることを知らぬ間に遠ざけているのかもしれない。

世田谷区桜ヶ丘に「山下眼鏡工房」というアトリエがある。
ここのヤマシタリョウさんは、その筋では知られた職人である。
江戸の町人文化は「江戸金枠」と呼ばれる眼鏡作りを生み出したが、
ヤマシタは志高く、衰退してしまったその伝統をいまもなお旺盛に生み出し続けている。

どうせ深酒での不注意からだろうが、長年使っているメガネが二箇所も小さく欠けてしまっている。
先だってからそんなことが気になってしかたがない。
そのキズを見ながらヤマシタさんの作品を思い、
次は彼の作品を買おうかと昨日あたりから考え始めている。

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