白木蓮
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白木蓮のことを昼間思った。
「さっき、ハクモクレンの薫りがしなかったか?」
そんなふうに思った。
まだだろう、あのハクモクレンは。
あのというのは、ほかでもない、あの善福寺川のハクモクレンだ。
もう何年も行ってはいないが、今年こそは行ってみようかと思った。
それはそれはみごとなハクモクレンだ。
その木のそばは、満開にもなれば写真家で一杯だが、それはいい。
我慢しよう。
いやだが、そんなことは気にはしていられない。
二人きりにはなれはしない。
いや、真夜中ならば…なれるかもしれない。
それなら、真夜中に行ってもいい。
あのハクモクレンの下の日向でわたしはあと何年、何度日向ぼっこができるのだろうか。
それよりもなによりも、あのハクモクレンがわたしをずっと待っていたとしたらわたしはどうやって今年の春にあれに会えばいいのだ。
あれを覚えてはいた。
もうあの花が咲いていることだろうと。
けれど、わたしは毎年思いながら、行かなかった。
愛に薄い人間のやりそうなことだ。
酒も止めて、女も止めて、歌も止めて、…
どこまで止めていくのだろうか。
そんなふうに遠くからあの花は、わたしを見ていたのだろうか。
あるいは、花などつけない季節もあの木はそういうふうに眺めていてくれたのだろうか。
わたしは、今年の春はあれのそばに長く長く佇み、夕暮れまでいようかと思っている。
こんなに長く待たしたのだもの。
でも、許してはくれんだろうな、許してくれても、許したとは言ってくれんだろうな。
花弁のひとつも落としてくれれば、わたしは、そのとき、泣いてしまうような気がする。
わたしの落とす涙は、あれが落とす花弁のような涙で、ほんのうっすらとした感情と濃い薫りが漂う涙だ。
もう少しだけ強い心で生きていて、あれのそばに行ってみたいと思う。
あれのそばに寄り添っていたいと思う。
今日の午後、昼の光の中の一瞬、そんなあれを感じました。
少し、幸せな数秒でした。
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