2008年4月19日土曜日

小児科医師


昨年度が何月から何月までを指すのかよく知らないのだが、とにかく昨年度、秋田県に小児科の医師は一人も誕生しなかった。
小児科の医師は誕生しなかったが、赤ちゃんは何千人か誕生した。(そんなことを「八日目の蝉」を読みながら思っていた)

これは、昨年度だけのことではなく数年来そして来年以降も続く趨勢となっている。
だれだって大変な仕事はいやだもんね、楽してお金儲けて、ホンジャラホニャララハーハーといきたいもんだ。
だとすれば小児科医師の仕事自体、徐々に多忙を極めるものになってきたのだろうか。(でなければ小児科医師減少の説明がつきにくい。それとも時代を担う人々の意志が変わってきたのか)
このあたりのことを知っている方がいたらお教えください。(tonbomaru55@yahoo.co.jp)

さて、金曜日は試写会の券を二枚握っていたのだが、その券をば握りつぶし、秋田出身の男に連れられて「ハンティングパーティー」を見にいきました。
エンターテインメントの条件をクリアしながら、ボスニア紛争についてもよく描いた見るに値する映画でありました。
真ん前の最前席に座ったのもわたしには初めての経験で、なるほど見る場所というのは印象に大きく影響するものだわいと感じ入りました。

ところで、この映画上映中に笑うべきでもないシーンで哄笑する声を何度か聞きました。
ボスニア紛争は現実で、映画のなかに起こる出来事はまったくの作り物ではなかったのですが、それでも映画を単なるコメディとしてしか受容できない人の発した声だろうと思いました。

ひとは、自分に不都合なものはいろいろな形で忌避します。
笑いもまたそのひとつであり、それはほんとうにおかしくて笑うのではなく、わたしは受け付けないという表現で、そのため声を大きく出す必然性が生じるのでした。
「半島を出よ」(村上龍著)にその象徴的なシーンが書かれています。
小説の中ではその笑った男は射殺されてしまいますが、「よみうりホール」では射殺されませんでした。
ボスニア紛争直下のかの地で同じように高らかに彼が笑えたのかどうかは考える必要もないことですが、平和国日本の特権はかくも我々を飼いならしてきたのだなとあらためて思い、自分がその中の一人であることを肝に銘じました。

いいものを見たあとの不快感はこのことに因を発します。
しかし、それも映画を見終わったあと秋田出身の男にもらったマンガで快癒していきました。
かれは、わたしが気になっていたのに読めなかった「カイジ――賭博破壊録(人喰いパチンコ)」の最終場面を含むものをくれたのでした。
部分的には読んでいたのでしたが、本日はじめてきっちりと読み終えました。
マンガ家の福本伸行氏をかねてより高く評価するわたしですが、このマンガあたりが彼の作品のもっともいい時代の最後かとも思います。(はなはだ失礼ながら)

いいものをいやな気分で見、いいものを再び読んだ日でした。
さすれば、満足な日であったのかとも…。

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