2008年11月21日金曜日

年金テロ

18日午後6時半ごろ、東京都中野区上鷺宮2の元厚生事務次官の吉原健二さん(76)方玄関付近で、妻靖子さん(72)が宅配便業者を装った男に胸などを刺され、重傷を負った。同日午前には、さいたま市南区別所2の元厚生事務次官、山口剛彦さん(66)方玄関内で、山口さんと妻美知子さん(61)が刺殺されているのが見つかっており、警視庁と埼玉県警は、2人の元次官が同じような経歴を持ち、手口も似ていることなどから関連があるとみて捜査。警察庁は両警察本部を集めて19日午前、合同捜査会議を開く。

もしもの話だが、これが年金テロだとしたら、年金に対して吉原氏にも山口氏の妻にも何の責任もなかったという説明は意味を持たない。
何の責任をも持たない数え切れない老人たちを貧困や死に追いやった年金政策に対するテロにおける報復は基本的には見せしめという意味が大きく、なぜに世界貿易センターだったかという問題を立ててもいたし方ないように見せしめは誰であってもなんであってもよかったのだ、テロならだが…。

要は、そこまで追い込まれた人々がいて、そのなかの誰かが発火点が非常に低く暴発したに過ぎない。
そのことに正当性があるかどうかではなく、なにがそこまで追い込んだかが最も重要なポイントなのだろう。

なにがそこまで非道な行為をさせるまで彼らを追い込んだかだ。
はじめから正義などはありはしないし、もともと社保庁は正義などはじめからほっぽりだしていたではないか。
それをいまさらなにが正義だ。

社保庁に属するすべての人間がそうではなかった。
それはそうだろう。

しかし、そうであれば、そうではなかった人間が社保庁に対し積極的に過激に批判的な振る舞いをとったかといえばそうでもあるまい。
被害者が理不尽な怒りにまで及んだとき、そういう理屈は通用しない。
テロとはもともとそういうもので、力なきもののとる最も非情な手段だ。

マスコミはテロは絶対に許してはならないとはいうが、それでは逆にそこまで追い込んだ社保庁に対してどこまで過激にマスコミは追及したのか。

テロは許してはならないだろう。

しかし、追い込んだ人間をあっという間に警察権力で保護できるこの国は(社保庁は)、ちんたらちんたら多くの老人が死んでいくのをよそに作業してきたのだ。

あまりにやすやすと問題をすり替えなさんなよ。

他国ならすでに暴動が起こっているのだよ。

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