2010年3月3日水曜日

音楽ライターは紋切り型を生きる

音楽ライターはことごとく紋切り型になる。

なぜ?

なぜなら、その様式が文章によって再現不可能な音楽を再生させる唯一の道だからである。
何故に紋切り型が音楽を再生させるのか。

すでにその問自体に嘘は隠されている。
紋切り型は音楽を再生させているのではない。
読者に彼の聞いた音楽を思い出させているのである。
彼の体験したライヴを彼の記憶の中で再生させているのである。

そのことを読者がことごとく文章による音楽の再生と誤読するためにライターは紋切り型に徹し、音楽を再生しているようにみせるのである。
その結果、ライターには似た仕事が舞い込み続け、彼はその仕事をこなすことであたかも生き生きと創造しているかのように振舞うのである。

けれどもナット・ヘンホフは違った。
彼が「ヴィレッジ・ボイス」に無償で長年コラムを書きつづけたのは、ジャズから離れるためだった。
それだから彼はコラムを書くたった一つの条件としてジャズについては書かないとしたのである。
その結果、彼はジャズに対しての紋切り型から逃亡した。

ヘントフの自伝的な著書「BOSTON BOY」のなかで引用したビックス・バイダーベックの言葉は以下のようである。

「小僧、私がジャズを好きなわけのひとつはだな、次になにが起きるのかわからないってことさ」

おわかりのようにこれはジャズを語った言葉ではない。
ヘントフは、いつも自分自身を自分の言葉で語っているだけだったのである。

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