2009年9月11日金曜日

うその効用

「国家から身を守るため上での人民の権利だ」
とかつて武谷三男は嘘について語ったというが、それに対し鶴見俊輔は全面的な同意を留保した。
そういうことが言われている。

おそらく事実だろう。

その理由は、一度嘘をついてしまうと自分がその嘘を信じ始めてしまう。
そうして、どこまでが嘘でどこまでが嘘でないかの境界が溶けてしまう。
そこに、自分自身への偽善が生じ不分明になってしまうのではないかというのだ。

厳密といえば厳密だが、ある種病的な香りのする思考方法だと感じる。

恋愛もよく似たところがある。
一度、誰かを愛していると信じてしまえば、それが嘘でも本当でもいずれ不分明になる。

確かなものはそんなにたくさんないのだな。
けれどもその不分明を恐れる人は多くはいない。
というよりは、気にもならないのだろう。

それが、嘘でも本当でも。

ところで、オレはどれだけの嘘をつき、その嘘を自分の思ったことと思ってしまったのだろうか。
それは、オレへの冒涜であったかもしれない。

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