2009年2月19日木曜日

デッドライン


「デッドライン」といえば2004年作のタイ映画であるが、もちろんここにも壁と卵が登場してくる。
昨日の話をしているのだが、この映画にも二つの側に正義がありそれぞれがその正義を全うする。
もちろん卵の側が敗れ去るのだが、この敗れ去った卵の側を人間的に弱いとも言い切れないだろうし、正義ではなかったとも言い切れない。(ただ武力的に弱かったに過ぎない。そしてそれこそが悲劇なのだ。)

ことほどさように、この世界は複雑に出来ている。(まあ見切ってしまえば、いろいろな力を持つ奴らの側が好き勝手やっているだけの世界なのだが)

とにかく「本態的弱さ」とは別のところに政治的な問題はある。

違う問題は違う場所で語らねば、何もかもがぐちゃぐちゃになってしまう。
それにもともと人の「本態的弱さ」を語るのには少々の苦労がいる。

ただ言葉だけを知っていてもその本質に近づくのは無理なのだ。
(どうしてそんなことをお前が断言できると聞かれるならば、答はいたって簡単で、わたしがその「本態的弱さ」の象徴的な具現者だからだ)  

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